mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

やる気を削ぐもの出すものとは

    しつこいようですが、”お金” というのは、絆を深める為に力を合わせたり心を込めて
相手の為に何かをしたいという気持ちを邪魔してしまうもののように思います。
お金があれば食べたいと思う物も、着たいと思う服も、つけたいと思う宝石も、行きたいと思う所へも、乗りたいと思う車も・・・大切な人へ簡単に魔法使いのようにプレゼントできます。
 ですが大切な人には特に気を配る必要があると思うのです。容易にまたむやみに簡単に

与えてはいけないと思うのです。なぜなら昔も今も ”お金” に捕らわれた人々は不幸に陥れられる事を繰り返しています。
 昔の時代も今の時代も国の政治家や天下りの官僚、会社のトップや役員達の私利私欲に走り汚職が後を絶ちません。
その為に自分の大切な人、家族をどれだけ悲しませている事でしょう。悲しい事です。
 ”お金” によって人生を転落する方はまた生まれ変わってもそのカルマを持って生まれ、気づくまでまた来世もそのカルマに苦しめられます。
 私の周りでも ”お金ちょうだい” ”お金が欲しい” ”お金、お金、お金・・・・” と
言う方が多く、寂しくなります。お金を追う人ほどお金に見放されているように感じます。いつもお金に困っているようで・・・
 逆に例えば女の人が一人で十分暮らしていけるだけの財力があれば、世間ではよく言われる窮屈と思えるような結婚生活は選ばない人もおられます。また既婚者でも働いて自分の収入が十分旦那様に頼らなくても生活できるのであれば旦那様を蔑ろにしてしまうようになるのかもしれません。だからと言って旦那様の収入で ”生活を営むことができている” という感謝の気持ちであればいいのですが、蔑まれているのではないか?

という疑念を持って暮らしていたり、旦那様があからさまに ”養ってやっている” という関係ならばそれは幸せとは言えません。
 その ”お金” というものが夫婦の関係にも時に水を差してしまい、歪が生まれたり
します。
 先日何かのメールマガジンでもありましたが、人は年収800万円を境に年収が増えれば増えるほど幸福度が下がっていくという統計があるというのです。あればあったで幸せではないと実感されている方が多いという事なのでしょう。
ですが人間というのはもちろん個人差はありますが、収入が増えれば増えるほど例えば
1億円もらうようになっても、最初は感動してもそれ以降は慣れてしまうとか言われたりします。贅沢を覚えその収入がいざ会社の業績によって減ったり何かの事情で転職によって以前より収入が減ってしまうと慌ててしまうのです。
 

 うちの会社も引き継いだ時から社員の給料はそのまま引き継ぎました。が、個々の仕事ぶりや売上の粗利などにより何パーセントか昇給したり、以前より皆見違えるように働いているので、その人の能力に応じた給料に見直したりした結果、従業員は全員引き継いだ時より昇給しています。厳しくはまずは身内からと下がったのは名ばかりの役員(無脳役)だった姉です。

 給料ばかりが高かったので会社にとってはお荷物。能力があればいいのですが、いろいろ部署を代えてみても ”これはできない、無理。あれもできない、無理。” と言うできない星人でお嬢様体質。他の女子社員の方がてきぱき正確に早く仕事ができます。
私達は役員を降りた姉に思い切って
 ”給料をあの女子社員と同じにさせて(下げさせて)もらうからね。” と言うと、
”え~そんな困る・・・” とは言いましたが、そのまま放っておきました。ところが
給料日の翌日、姉は激怒! ”ちょっと、私の給料下げ過ぎじゃない?もう仕事をやる気が一気になくなったわ!” と言ってきました。
 ”あの社員と同じにさせてもらうって言ったよね?” 

 ”だってあの人の給料があんなに安いと思わなかったんだもん!” と言う姉に私は今までの給料の高さを指摘しました。父親が娘を甘やかし可愛いからという理由でもしくは老後は世話になろうという魂胆で能力以上の高額な給料を支給していたのはおかしい事だという事。

現にどうも高額の報酬に麻痺して、あったらあっただけ使い、もう手元にはほとんどないそうです。

私は毎月ではとても余るような給料だったので貯金でもしているのかと思っていましたが・・・いつも ”生活が苦しい” とぼやいています。もう50歳をとうに過ぎていますが、Smapを追いかけたり、娘達と何度もディズ二ーランドへ出掛けたり、遠くのスヌーピーランドへショッピングに出掛けたり、

遠くても新しいアウトレッドのモールができれば西へ東へと出かけてショッピングしたり、オシャレにお金を掛けたりで・・・残ってはいないはずです。

 ”今が楽しければそれでいい。それが私の幸せ” まるでキリギリス。今まで収入が旦那さんよりよかったので旦那様はそっちのけで、支え合う事もなく夫婦で力を合わせる事もない。それぞれが勝手気ままな暮らし。実力ではないのですが変に経済力がつくと本当に

姉を見ていて ”生きる意味” が全くわかっていない、ただ日々現実逃避し楽しい事しか受け付けたくない、苦労はしたくない、考えたくない。

 私は父に多大な責任があると思っています。何度もその事は父に言いました。姉のやる気を起こさせなかったり、生き方を見つめる機会を阻害していたのだと。やる気を起こさなくても会社に行けば毎月決まった多額な報酬をいただける。旦那さんを尊敬し感謝する事もなく暮らしていける今の生き方を考え改める機会がない事は姉にとって不幸な事だと思うのです。父の主導で自分の考える力も奪われ家族協力し合って乗り越えていくそんな経験があれば人生もっと豊かだっただろうと思いますし、家族の絆は強くなっていたと思うのですが、現実はもろくて今にも破裂しそうな・・・

 姉の為には他の会社へ勤めてみるのもいい経験だと思い、”うちを辞めてどこか探してもいいよ” と本心から言いました。でも厳しい世の中この歳でそうそう再就職できるところはないと思ったようで、”お金”とはやはり人のやる気を起こすものだったりやる気を削ぐものでもあるのです。

 あれから姉は給料を上げてもらおうと必死に以前より遥かに頑張っています。経理の方も ”できるかわからないけど教えてくれる?” と。できないとあきらめていた分野もやろうという意欲が生まれ、また以前は絶対配達へは行かないと言っていたのですが自分から行き始めました。フォークリフトの免許も取りました。

姉は少しづつ変わり始めたのかな?それとも仕方がないからしているのかわかりませんが、必ずそれは自分の自信になっていくのです。私もそうでしたから。できなかった事ができるようになる自分が発見でき、もしかするとまだできるかもしれないと次のステップへ上がって行けるのです。

知花先生は、”みんな神なんですよ。それなのに自分を縛っているんですよ。どうして縛るんですか?みんな無限の力を持っているんですよ。小さな力しかないと決めつけてそれをできないと決めつけて、それは自縛ですよ。もったいないですよ。”と言われています。もっと自分を信じたいですね。