mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

主人の親戚と会う行事

 お盆は皆さん故郷に帰り、久しぶりに懐かしい方々とゆっくり過ごされた方も多いのではないでしょうか。
 我が家は結婚した頃は同居していたので、おはぎやお盆団子や仏様にお供えするお膳の
料理を義姉と作った思い出があります。
私が作るおはぎは大きくて義姉によく笑われました。
 ”mimiちゃんのおはぎは何で大きいのかな?わかった手が大きいからだ!” と。
お仏壇に供えても義姉が作ったこじんまりした丁度いい大きさのおはぎに混じり私のどんとした大きなおはぎが家族全員を笑わせました。
 私の実家は父が長男(本家)でしたがお盆は迎え火も送り火もしませんし、おはぎやお盆団子やお膳を供えたりはしない家で、ただお墓参りをするだけでした。父の兄弟も来ませんし、お盆休みは皆それぞれが勝手気ままに過ごすだけでした。


 結婚してからは、主人の亡き父は転勤族だった為、お墓が県外(隣)にあり、当初は
高速道路も少なく朝4:30頃起きて今のようにコンビニがたくさんなかったですし、経済的に大変だったので必ずお弁当を作り、てんやわんやで出かけていました。隣の県ですが、AM5:30頃に出ても渋滞が多くお墓に着くのはAM9:30頃でした。
お墓参りを済ますともうお昼前。近くに叔母や叔父の家があるのでそこでお昼ご飯をいただくのが恒例でした。それでも嫁という立場なので、お膳を運んだり、洗い物をしたりと
気は休めませんでした。
 その頃の私は、”お盆や正月” と言う行事、お墓参りに行く=親戚と会う事
が大変苦痛でした。なぜ日本というのはこういう行事があるのだろうかと思っていたくらい。行く道中の車中での姑の会話にイライラしたり、お墓参りをしていても
指示ばかりで命令し自分は何もしない姑に腹がたったり、弟夫婦がお墓の近くに住んでいるにも関わらずいつも遅刻してくる事に腹をたてたり、一緒に食事に行っても支払おうとしない姑や弟夫婦に不信感を抱いたり、叔父や叔母の前ではいい嫁を演じる弟の嫁に嫌悪感も。仲良くなろうという気持ちが持てませんでした。
 お盆前になると姑から、”仏壇にお供えするお膳を作っておいて。いつ帰って来る?
迎え火も頼むよ!” と言われることが苦痛でした。私達の仕事は昔からお盆休みという程なかったのです。その貴重な休日を窮屈な思いをする事に使ってしまうので、私のストレスは溜まる一方。それもやはり ”長男だから” と言うしがらみでした。


 そんな事で長年苦しんできたのですが、今では姑も弟夫婦も私の人生において大事な事を気づかせてくれる為に必要な方々だったと思えるようになったのです。今では姑がお盆の準備も用意もしてくれます。そして皆が集まる事をとても楽しみにしているのが伝わってきます。私はそんな姑に感謝できるようになりましたし、姑も 
 ”あんた達忙しいだろうけど、体大事にしないといけないよ。”と気遣ってくれます。
弟夫婦や姪達、叔父達や従妹たちとも会うのがとても楽しくて、”親戚” っていいな~と思えるようになれ、そんな事を言いながら帰途へ向かいます。
 そして、お盆やお正月、法事、結婚式は先祖様が皆を会わせる為にあるのかな?とも思えるようになりました。
子孫たちが年に何回かは会い、それぞれの近況を話したり絆を深める為の行事なのかもしれませんね。いやな思いをしていたのは自分の心の在り方、取り方が悪かっただけ
されて嫌な事なら、それを伝えればよかったのに、自分で勝手に決めつけていたり、相手を理解しようとしなかっただけなのだと・・・遠慮して言わなかったり、傷つけはしないかと以上に気を使うのは相手を理解できないと。自分の意見も時には言わないと誤解が誤解を生みます。夫婦でも同じなのですから嫁にとっては親戚という他人同士の集まりで自分の意見も言わなければ理解し合う事は難しいはずです。


 叔父にも私は遠慮していつも他人行儀でした。でも、従妹の結婚式が決まった時に電話口で ”おじちゃん、式場に更衣室はある? 車で行くから礼服はそっちで着替えたいんだど・・・”
 と遠慮なく言った事が嬉しかったようで、”わかった。式場に聞いてみるわ。また電話するから” と。明るい声で答えてくれました。それまで親戚が集まっても私の名前を呼んでもらったことなどなかったのですが・・・いつも ”〇〇の嫁~” とか ”おい” とかだったのですが・・・従妹の結婚式の親族紹介の時に、”〇〇の嫁のmimiちゃんです” と呼んでくれてからは、”mimiちゃん、mimiちゃん” と呼んでくれるようになりました。結婚してからもう28年経っていました。私がきっと壁を作っていたのだと思います。
変に遠慮して、何十年も猫を被ってお会いしていたから。私が変な事を言ったり、粗相したり変に思われたら主人に悪いと思っていたのですが、間違っていました。距離を作っていたのです。今は積極的に叔父に話しかけています。叔父も照れ屋だったのでしょう。
だから私にとっては主人の実家や主人の親戚と過ごす場所はどんどん居心地の良いところになっています。今度はいつ会えるか楽しみです。