mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

息子の試練

 昨夜は、長男が仕事の帰りにうちへ夕食を食べに来ました。 
 実は長男も緑内障です。二男が緑内障と診断された小学6年の時、弟をとても心配し
一生懸命二男を励ましてくれました。
 長男と次男は昔からお互いがお互いを頼り合い、支え合い協力し、励まし合う、仲の良いそんな微笑ましい兄弟でした。二男が診断された眼科医に、
 ”緑内障は遺伝が多いのでお兄ちゃんもお母さんもお父さんも検査した方がいい。”
と言われたので家族皆検査しました。主人も私も緑内障と診断されましたがまださほど深刻ではないと言われ、できれば予防に点眼薬を注した方がいいと言われたのでその後5年程は注していましたがここ10年程は全く注さなくなっています。
 
 弟を心配していたその兄自身が家族の中で一番深刻で、眼圧が高くその為視神経を圧迫し視野が狭くなっていました。まだその時14歳だったので私達はただただ進行が1年でも伸びてくれるように祈るばかりでした。その日から朝晩点眼を欠かさず注しています。
 
 息子が結婚する時も、お嫁さんには、もしかすると将来失明する事になるかもしれない事を告げ、また、その為に点眼薬が欠かせなくこれから家庭を築いて家族を養っていく息子達にはその点眼薬が高いので私達が負担していくと申し出たのですが、お嫁さんは 
 ”彼が緑内障なのは、お父さんやお母さんのせいではありませんよ。それは生まれ持った運命なのだからお父さん、お母さんが負い目に思う事はないですよ。私はその事を知った上で彼と結婚したんですから点眼薬は私達が支払うので気にしないでください。” と言ってくれました。
 私は涙が出ました。そんなふうに思ってくれて言ってくれるお嫁さんに出会えた息子は心から幸せな子だと、感謝の気持ちで一杯になりました。
 
 診断されてから16年が経ちましたが、病状は少しづつ進行し先週かかりつけの眼科医に大学病院で診察してもらったほうがいいと言われたと息子から電話がありました。
 うちへ来た息子はいつも通りの明るさで、今の仕事を将来もし目が見えなくなっても
できるようにと今どのようにしていけばいいかと考えていました。そして主人にアドバイスをもらいに来たのです。見えなくなる事をどこかで受け入れそれでも決して悲観せず、
主人が以前していた仕事なので、主人は息子のサポートをしようと今の仕事のやりくりなどを一生懸命考えて会社の社員さん達、周りにも了解を得ていたのですが、息子は、
 ”おやじの気持ちはうれしいけど、無用(助け)だよ。大丈夫、自分でやれるよ。ただ、相談はするから乗ってください。” 私達は息子を心配するあまり先回りをしてしまいましたがその言葉にとても救われたのでした。
 ”以前は目が見えなくなると言われても、もっと先の事だろうとどこか受け入れられなくて、でも今は朝起きて今日も目が見えると見える事に感謝ができるようになった。嫁の顔も子供達の顔も今の一瞬一瞬を目に焼き付けたくなる。この前、テレビをたまたま付けると24時間テレビの中で目が見えない旦那さんと耳が聞こえない奥さんが支え合い、補い合い、子供達も助け合っている姿を見て、僕らもこんな家族になれたらいいなと思った。家族がいる事に感謝ができるんだよ。だから家族を今まで以上に大切に思えるし感謝できるようになった。” と言う息子に私は嬉しくなり、”あなたがそんな事が感じられる、わかる、そんな話が出来る人でよかった。” そして ”私が若い時にあなたを産んだから周りの目を気にするがあまり、世の中に出しても恥ずかしくないようにと厳しく育ててごめんなさいね。” となぜか謝りたくなりました。でも息子は、
 ”そんな事気にすんな。全然厳しく育てられたと思ってないよ。・・・感謝しているよ。ありがとうね。” と言ってくれました。
 目が見えなくなるかもしれないという試練が与えられ、息子にはあまりにも厳しい試練ですがそれによって心の目で見る事ができるようになっているのです。あんなに小学生の頃、担任の先生に ”もっと本を読むように!” と通信簿に書かれるくらい本を読まない子でしたが、最近は私がプレゼントした木村藤子先生の本も読み始め、主人からも人生にとって大切と思えるような本や自分の在り方を問う本を贈られ、読んでいるそうです。 ”人生にはこういう本と出会い、得るものがあるとわかるようになった” と。
 見たもの重視でうわべのオシャレや物に執着し浮ついていた息子(悪いカルマ)が、彼にとってこの生で学び気づくべき岐路に立たされているのだろうと思います。これから先
、もっと息子にも私達にも試練がくるかもしれませんが、その時乗り越えられるようにな
らなければと。悲しい事ではないのです。息子にとってその事が一つ上の魂になる為には
必要な試練なのです。肉体はいつかは滅び、今見えている目もやがて肉体が滅ぶと同時に見えなくなるのですから。