mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

当たり前が幸せ?

 目が見えなくなる。また生まれた時から目が見えない、耳が聞こえない・・・いろいろな障害を持って生まれて来る事があります。うちの子も生まれた時は五体満足でしたが、後々、見えなくなるかもしれないけれど・・・
 
 三男が小学生の頃、PTA役員をしていたので、全盲のピアニスト ”辻井伸行” さんのお母さん辻井いつ子さんの講演会に参加させていただく機会があり、その時の
お話を思い出します。
 ご主人は医者、ご主人の父(舅)も医者で、何不自由ないご家庭に嫁ぎ幸せな日々を過ごされていたのですが、出産してから一転。産まれた息子さんを見たご主人はご自分が医者なのですぐ全盲だと気づいたらしいのですが、いつ子さんには知らす事ができなかったのです。その後いつ子さんが知った時の絶望は私達には計り知れないものです。誰もが思うかもしれません。” なぜ?私には目が見えない子が?何か悪い事でもした?妊娠中のあれがよくなかったのではないか?なぜ?なぜ?・・”
という思いが駆け巡り、ご自分を責め、育てる自信も持てなかったほど落ち込んだと・・ 私も息子達が将来失明するかもしれないと医者から聞かされた時は、絶望の淵に立たされ、全身の力がなくなり、手が震え、歩く事も笑う事など到底無理で涙が止まらず何もする気になどなれない(脱力感)状態に陥りました。
 みんなそうです。まさか障害を持った子が生まれるとは思っていません。


 それでもいつ子さんは全盲でもこの子らしく幸せに生きていける事を見つけようと絶望のどん底から立ち上がり、可能性を探し応援し惜しみなく子供に寄り添い、そして秀でた才能を見つけ出す事ができ、ピアニストにまで見事育て上げられました。いつ子さんにとって、伸行さんは必要な子だったのだと思います。障害を持つという事を人は悲観的に感じますが、それはその人にとって必要だから(前世からの因縁)障害を持って生まれて来ると知花先生は言われます。そして乗り越えるためには大変な心の葛藤があります。でもそれ以上に五体満足で障害もなくそれが当たり前の人では経験できないかけがえのないものを得る事ができます
その親もその障害をもった子供も大変な試練ですが、その試練を乗り越えられれば魂の向上となるのです。
 
 三男が保育園に通っていた頃、同じクラスにダウン症のお子さんがいました。そのお母さんは女手一つでその子を育てていました。が、障害を持つ子を決して悲観せず、重荷にも思わずいつも明るく堂々としていました。言葉も理解してもらうには何回も何回もそのお子さんの目を見て、朝保育園に着くと毎日言います。それでも逃げて行くわが子を追いかけ、手を取りまた何度も何度も話します。理解できたかどうかもわかりません。時間も労力もかかります。それでもそれから彼女は仕事に行きます。彼女は、”私ならこの子を育てられると神様が授けたんだと思う。私だから育てていけるんだと思っているのよ。” と決して逃げ出さず、お子さんと生きています。その言葉を聞いた時、彼女の心の強さに頭が下がりました。今でも、親子仲良く暮らしています。障害があるから
不幸というのは、障害を持っていない人の傲慢な考えで、障害があるからこそ感じられ、誠の愛の尊さを得られた方が真の幸せではないでないかと思えるのです。


 目が見える、耳が聞こえる、話せる、歩ける、考える事ができる・・・その一般的に当たり前?の事ができてもそれが幸せなのではない。その事に感謝をし自分(魂)を大事にし、他(魂)も大事にし、そしてその出来る事を生かさなければ幸せにはなれないのだと気づきたい。