mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

パワースポットに行くと

 先日は結婚記念日に、2年ぶりに伊勢神宮へ参拝に行きました。 農業をしていた頃から、毎年ぶどうの収穫を無事終える事ができた事への報告と感謝の気持ちをお届けする為に家族で訪れていました。


 知花先生が言われるのは、”どこぞこに何々の神がおられるから行ってみよう、と皆さんそう言いますが、特別な場所にしか神はいないのですか? 生命そのものが神なんですよ。山には山の神が、海には海の神が、川には川の神が・・・皆生命だからなんですよ。生命すなわちあなた方も神なんですよ。死んだら神になるんではないのですよ、今も神なんですよ。” と。だから伊勢神宮に特別な神がおられるわけではないと思えるようになりました。
 以前、出雲大社に参拝に行った時に、昔から日本には八百万神(やおろずのかみ)という神(森羅万象に宿る神)が集まる月があり、海からの神の通り道があったのを
思い出しました。出雲の昔話で “因幡の白うさぎ” を記念館で見た時には、昔は人の名前には~の神と名前の終わりに神がついていたのも、皆神と認識していたからなのではないかなとも。
 日本ではもともとは実在した人を亡くなった後に神と祀られる事が多い事からやはり、
 人=生命=神。 山に宿る神も人間にとって必要な木々(空気中の二酸化炭素を酸素に変えてくれたり、また地下に水を溜め込みそして川や海へとつながっている)があるから。
 海や川も、人間の生命を保つためには必要な役割を果たしてくれるから。
特に日本の人はその自然に感謝しそれを神だと崇め、そこへそれぞれの神として祀られたのだろうと思うのです。


 今回は自分の今在る環境に感謝の気持ちと、また自分を律する為に参拝に行きました。最初は、主人が ”今度の結婚記念日に伊勢神宮へ久しぶりにお参りに行こう” と誘ってきました。私は、知花先生が言われるようにそこへ特別な神がおられるわけではないと思っていたので別に行かなくてもいいのにと思いながらも主人がせっかく誘ってくれたのでそういう気持ち(自分を律する為)で行くことにしました。
 いつも垣内参拝させていただくので、正装(男性はスーツ、女性はスーツもしくはそれに準ずる服装)です。その日も伊勢は35度という、うだるような暑さ。そんな中、
私達だけが正装していたような・・・大半の方がレジャーに訪れるような軽装で、涼しそうな・・・おまけに大気が不安定だった為、時折雨が・・・外国人も大勢参拝に来られていました。汗だくになりながらも厳かな空気を味わいながら神職に垣内へ案内していただき神殿へ向かい二礼二拍手一礼。垣内に入るまでは家族のいろいろな心配事を思っていたりしてしまいましたが、神殿を前に自分の在り方を見つめ律する事ができました。神殿に向かった時、それは自分に向き合い照らす鏡なのだと思うのです。やはり垣内で参拝させていただくと緊張感とまた何とも言えない空気を感じる事ができるのでとてもすがすがしい気持ちになれるのです。大げさに聞こえるかもしれませんが、
 ”日本人でよかった。日本には素晴らしい場所がある。そして外国の方々に誇れるそんな場所” だと何度訪れてもそう思います。パワースポットとよく言われるのは、そういう事が感じられるからなのかもしれませんし、パワーかフォ―スかでも ”伊勢神宮” は皇居と同じくらい意識レベルの高い場所と記述されていました。それは訪れる人々の意識レベルの高さからなのだと思います。皆さん鳥居をくぐられる時は帽子を脱ぎ傘を閉じ、一礼されます。その姿は本当に日本人らしく礼儀正しい素晴らしい民族だと改めて思います。
 垣内から出て神職にお礼をして振り返ると品のある外国人の老婆が優しく私達に会釈されました。その横にいた若い外国人の女性も私に笑顔を向け軽く会釈をされました。
私も主人も笑顔で返しました。そして心の中で願いました。”どうか日本の素晴らしいところをたくさん心で感じて帰ってください。そして日本の素晴らしいところを自国に帰って皆さんに伝えてください。世界中が日本の良いところに関心を持ち平和を重んじ、攻め合いや争い事が愚かな事だと気づき、他を認め許し共存していけるような世界になるよう少しでも波及して欲しい” と願ったと帰りの車の中で主人に話すと
 ”僕も同じ事を思っていたよ。すごいね同じことを思っていたなんて” 
伊勢神宮へ参拝に行ったのも、私と同じ思いだったとわかり、改めて行って良かったと思いました。