mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

樹は人間の言葉がわかる

 暑かった夏が過ぎ、季節はもう実りの秋を迎え収穫の頃ですね。
うちも先日以前暮らしていた県北の方からお電話をいただき、休日にお米を分けていただきに行きました。この方は無農薬で堆肥も入れず栽培されています。
”奇跡のりんご”で有名な青森の木村明則さんに近いです。私達もぶどうはほとんど無農薬で育てていました。
 可愛い子や孫、うちのぶどうを買ってくれるお客様に農薬の掛かったぶどうを食べさせたくないと主人が必死で勉強し、研究し、何度も失敗を繰り返してやっと無農薬での栽培に成功したので、この方にアドバイスもします。今年の反省点は何かとか、それはね・・・と。
 田舎で暮らしていた頃、近所の農家の方も ”農協や道の駅へ出す野菜は農薬を掛けないと見た目が綺麗な野菜にならない。見た目が汚いと売れないから農薬を使うが、うちで食べる野菜には農薬は使わないよ” と言われる方が多く、また ”脳(農)で起業する” という本の中でも、
 ”農業をしていて子供を大学へ行かせたいと思えば農薬を使わざる負えない。” と言う記述も。
 日本は見た目をとても重視します。虫も嫌います。でも虫が食べているという事は安全という事なのです。虫が来ないように農薬でガードしたきれいな作物は農薬を使われて育った作物だという事なのです。またそうとばかりは言えませんが、力のない元気ではない作物=土壌が健全でない場合には弱り目に祟り目のように虫がきたり病気になったりするのでやむなく農薬に頼る農家も少なくありません。バランスを崩すと人間も病気になってしまいますが、作物も同じなのです。同じ生命なのだから。
 昔、母が庭のある木(名前は忘れましたが)が何年経っても花が咲かないので、
”もうこの木は花も咲かないから思い切って切ってしまおうか” とその木の前で言ったそうです。するとその晩、その木の辺で大きなドスドスという音がしたと。まるで木自身が歩いたのではないか?と思うような大きな音だったそうです。次の日に見てみると何も
変わった様子はなかったと言います。
 ところがその春、今まで一度も咲かなかった木には
見事に花が咲き乱れたのです。その事が母は忘れられないと言います。それから母は、
 ”木は人間の言葉がわかる” と。不思議な事と思いますが、私もこういう経験はあります。ぶどうの樹にもいろんな樹がありました。毎年見事な花を咲かす樹、毎年小さな花しか咲かない樹、幹は太いのに花があまり咲かない樹、虫にかじられて弱っている樹・・・
私達も生活があるので、毎年あまりにも花が少ない樹や弱った樹は ”もう切って新しい樹を植え替えようか?” と話していたらその年には去年よりたくさん花が咲いた事がありました。主人は ”やっぱり切るのはやめよう。この樹に花が少ないのは弱っているからなんだ。切るのはかわいそうだ。土壌を元気にして出来る事をしてみよう” という事がありましたから。
 切られるかもしれないと思った木は危機感から見事な花を咲かせ、”私だってできるのよ” と言いたかったのかもしれません。”こんなに綺麗な花をたくさん咲かせたわよ。それでも私を切れる?” と。
 樹(生命)にも魂=神が宿っているので当然です。同じ生命なのだから人間の言葉や想念は伝わるのです。木々達も毎年必死で子孫を残す為に花粉を飛ばします。
生きるのに必死なのです。そして精一杯生きるのです。やはり自然は大切な事を教えてくれますが、人間はどんどん自然から遠ざかり、便利な都会へと向かいがちです。
都会にいると自然と接する機会が少なくなるためかそういう事、生命の原点に気づけないように思います。田舎へお米を頂きに行くと自然の豊かさに心が落ち着きます。そしてまた今年も美味しいお米が食べられるという感謝の気持ちで一杯になります。
 台風や猛暑という自然の猛威は時に容赦なくやってきますが、その中でご苦労をされながら日本の食を支えて下さる農家の方へ改めて頭が下がります。これからも頑張っていただきたいと願います。そして、私達もまたいつの日かまた農業をしたいと思っています。