mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

いじめ

 私は幸せだった田舎暮らしを思い出しては、後悔しました。でも自分が選んだ結果なので、留まるしかなかった。会社へ行っても黙々と仕事をするが、腹の立つ事ばかり。

また私のカルマ(乗り越えなければならない欠点、自分の我)=人の悪いところばかりが気になる。“あの人はどうしてこうしないんだろう?””なぜ平気なんだろう?””人前ではいい人ぶって私達には歯向かってくるくせに””一生懸命している私達を見ても何とも感じないの?””みんなこの会社がなくなってもいいの?私達はみんなの為にこんなに頑張っているのになぜわからないの?”心の中がそんな思いでいっぱいになり潰れそうになる。

誰も理解してくれない・・・虚しさで孤独を感じる毎日。会社へ行くのが楽しくない。

そこは私にとって地獄に見える。笑顔が出ない。人の笑い声が私達を嘲笑っているように聞こえる・・・もううつ病になりかかっていた。姑と同居していた時と同じだ。

 それでも支えだったのだ主人。いつも主人が一緒にいてくれたので私は頑張れた。

嫌な事や悔しい事や苦しい事がお互いにあっても励まし合って”負けるもんか!”と元気が出てくる。

 今、いじめがよくありますが、こういう気持ちになることなのかもしれないと思いました。大人は会社を辞めて違うステージに立てますが、子供は学校を転校してまた新しい輪の中へ入るというのはなかなかエネルギーがあります。私も田舎へ引っ越した時、

小学校へ入学する子供よりわたしの方が”お母さんの友達できるかな?”と不安でした。

既に出来ている輪へ入るのは勇気がいります。参観日も最初は知らない人ばかりの中へ

きっかけがなければなかなか入れず孤独でした。でも私は自分で言うのも変ですが、

笑顔”がいいんです。お客様やコンビのレジの人には一瞬手を止めて私をじ~っと見て、

”笑顔が素敵ですね!”と真面目な顔で言われたことも。初めて行った美容院の店員さんにも手を止めてはっとしたように何度も私を見返し、”笑顔が素敵な方ですね!”と、小さい頃から馴染みだったおじさんには”お前は姉妹の中で一番ブスだけど笑顔は一番いいな~”

としみじみ言ってもらったり、朝も近くの会社のおじさんが必ず私を見つけると”おはよう!”と遠くからでもにこにこしながら言ってくれるんです。私は笑顔で”おはようございます!”と返すと嬉しそうに微笑んでくれます。この人はもしかすると神様かもしれないと思うほどです。挨拶以外はお話しした事はありませんが。主人も実は、高校の頃一緒に

バンドを組み、文化祭で演奏した時、主人がドラムで私がその少し前の位置でキーボードをしていたのです。本番直前主人の楽譜が床に落ち、私が慌てて拾い主人に”はい!”と渡した時の笑顔に心が動いたと言ってくれます。その笑顔のおかげで”〇〇くんのお母さんですよね?いつも笑顔でいいですね”と声を掛けてくださるお母さんもいて、そこから”いつも子供がお世話になっています”と話が弾んでいったのです。だから笑顔を心掛けるようにしています。

 私にはこれまで生きてきた経験や知恵がありますが、子供はそうはいきません。いじめにあっている子供は追い詰められ生き地獄にいるのです。少しでもいつもと違う様子が見られたり(普段以上に笑顔を見せるのは心配かけまいと無理をしている場合が多い)、学校を休みたがったり、習い事を休んだり、部活を休んだり、帰りが遅くなったり、ぼ~っとしたり・・・三男もいじめにあっていました。クラスで順番にいじめられるのでずっとではないのですが、苦しんでいました。私達には言えず・・・明るかった子が、いじめに

あっているとわかった時にはほっとしたのでしょう、涙を流しました。今までの辛かった事を全部言ってくれました。その時、そういえば変だなと思う事がいくつか思い出されました。あの時気づいていればこんなに苦しまなくてすんだのに・・・と反省しました。

大人は日々の暮らしで忙しく、子供の信号に気づかなければならないのに見過ごしているんです。子供の自殺したニュースを聞くたび、もっと気づけたのではないだろうかと胸が痛みます。大人は子供の目線で物事を見ていない。自分が子供の目線になって初めて気づく。心がまだ未熟な子供たちはまだいじめを乗り越える力を持っていない。乗り越える

力を養えるように子供を育てられたらいいのですが、その子その子によって違います。

その前に少しでも話し合って、生き地獄の学校へ行く事を辞めさす事ができるかもしれない。また違う方法もある事も考えれる。子供にとって学校は抜けられない場所になっている。縛られ、いじめにあっている子にとってそこは、監獄と同じ。抜けたい、出たいと思っても親の期待や先生の目や世間の目に縛られてどうしようもなくなる。そこへ行く事だけが目的ではないのに・・・人間は人生を生きていくことが目的で、途中で辞めていまったら人間として生まれた意味を失くす。もう人間として生まれ変われないかもしれないと木村先生も言われる。自分で命を絶つ前に、誰かに助けてもらったり、誰かが気づいて助けてあげればと切に思います。