mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

心のドアをノックして

  ”私の~お墓の~前で、泣かないでください。
 そこに私はいません。眠ってなんかいません。
 千の風に~千の風になって~あの~大きな空を~駆け巡っています。”


 この歌の通りなのです。私達はこの肉体を脱いだら、宇宙を風のように自由自在に駆け巡る事ができるのです。だって霊体なのだから。現に幽霊(浮遊霊)はあっちに出たと思えばこっちに出ますね。自分の意識が低い(波動が低い)と幽霊を見やすくなるそうですが・・・私も普通自動車免許を取った頃、夜10:00頃ある橋の上を走行していた時に、作業着姿の初老の男性幽霊を車でひいた事があります。必死に避けたのですが避けきれず、ひいたようなのに衝撃もなく・・私のすぐ後ろの車がひいたかも?とバックミラーを慌ててみるともう姿は見えず、その車は普通に走っていました。自我人間で波動が低かったから見たのでしょう、あれからは一度も幽霊を見ません。
映画『ゴースト ニューヨークの幻』でも波動の低かった人は死んだら天使が迎えに来るのではなく、闇から幽霊(浮遊霊)が迎えに来てまた暗闇へ連れて行かれていましたね。
 
 同じ霊体でも私達は浮遊霊にならない為にも霊格を上げ神に近づかなければならないのです。浮遊霊や霊格が低い(波動が低い)と何千年もの間、暗闇で耐えなければならないと言われます。


 昔の人達が未来永劫、土地(田畑)を守っていって欲しいが為にお墓を作り、家督を長男に継がせてその土地に縛る為に、代々受け継がせてきたものです。そのお墓に入っていると思われている先祖ももう生まれ変わっている事でしょう。私達は空っぽの石に手を合わせているのです。


 故知花敏彦先生も言われます。(断っておきますが宗教家ではありません。また宗教団体でもありません。木村藤子先生のようにこの世に送られてきた神の使者です。) 


  ”人間が造ったもの(お墓)の中に魂がいるのですか? 私達は肉体を脱いだら霊体になるんですよ。霊魂が抜けたら、肉体は衣装で抜け殻がお墓の中にあるだけなんです。
 霊魂が帰る場所は自分が生まれた場所=すなわち神の元です。私達の父は大霊(神)なんですよ。
 
 皆さん帰る場所も解らないで、目で見える世界しか信じないで、この世の誘惑に身を委ね、魂の成長(修行)もしないで、肉に生きて(自我で生きて)、この世の名声や財産に価値があるのですか? 霊界へ帰ればそんなものには意味がないのですよ。
なぜそんなものに縛らているのですか?
 
 皆さん外観で物事を捉え外側から見たもの、聞いたもの、全て五感で判断しています。その為、争い事が起きて自ら地獄を作り上げています。外観で見えるものは ”結果” 
であって 、”原因” が必ずあるのです。なぜ、皆さん心の目(内観)で見ないのですか? 見ようとしないのですか? 
 
 あなた達皆神の子で、神の分身=神が自ら分け与えた命を ”自分” と言うのです。 ”自分=すなわち神” なのです。生命すなわち神が宿っているのです。
この世のすべては神から与えられた命なのです。万象万物に神は宿っているのです。


 なぜ、皆さんは自分は人間だと思うのですか?自分は小さい存在だと思うのですか?
私達は神ですから無限の力が与えられているのです。一人一人、万象万物に神がいます。
毎日自分は神だと意識するだけでいいのですよ。そうすれば心の眼で見えるようになるのですそれが悟りです。その事に気づかない人がどれだけ多いかと神も嘆かれています”


 私も”自分は神、神の出張所”と意識するだけで違ってきました。本当に心が曇る日がなく、いろんな方に明るく接する事ができるようになりました。挨拶ももともと照れ屋なので、半年前くらいまでは小さな声で言っていました。相手に聞こえるかどうかわからないほど。また言っても返事が返ってこなかったら嫌だな・・・と気にしていたり。自信がなくおどおどしていました。が、
 
 返ってこなくてもいいのです。大きな声ではっきり言うととても気持ちがいいのです。
また、多くの方が何かに怯えているようで扉を閉め気味です。私も実はそうでした。
嫌われたら・・・変わった人だと思われたら・・・などと。人と関わる事もおっくうになっていましたが、今はこちらから扉を開けています。そしてできるだけ人のドアをノックします。実はノックされて怒る人はあまりいないのです。声を掛けられるのを嫌っていない人が多いと気づきました。
 最初は暗い顔をされていても、そのうち顔が明るくなったり、笑顔になったり。
その様子を見ているうち ”この方にも神がおられる”と思えるようになるのです。みんな明るく過ごしたいのです。楽しく過ごしたいのです。
 
 小さな子供に対してもそうでした。実は私は保育士の免状を持っていて昔は子供が大好きでした。ですが、自分に子供が出来るとうちの子しか可愛いと思えなかった私は、よそのお子さんを見てもさほど可愛いと思う事ができませんでした。主人は昔から我が子がいてもどこのお子さんも可愛いと思い、素直に言う人でした。が、私も意識するだけでこんなに変わるんだと驚いています。
 
 昨日はあるバザーのお手伝いに行き、今までよそのお子さんはあまり目に入らなかったのですが、私の目の前を小さな女の子が一生懸命走ってこけ、起き上がらず、周りはぼ~ぜん、その子のお母さんも赤ちゃんを抱っこされていたので起こしてやることもできず・・・とっさにその子を抱き上げ ”泣かなかったね、偉いね。” と言うと 
”うん” と答える子が愛おしくなりました。また、おトイレを出ると双子のお子さんを連れたお母さんが一人の子が終わり、もう一人の子をさせているとその待っている子が
 ”早く~パンツが上がらないよ~” とぐずりお母さんが ”今、〇〇ちゃんがしているから待ってて!” と困っていました。今までの私は、何もせず出て行っていたのですが、今の私は、”パンツ上げようか!何歳ですか?” ”4歳!” ”幼稚園へ行っているの?”
”ううん、保育園!” ”保育園は楽しい?良かったね!”・・・・などお話が出来てとっても楽しい一時を過ごせて、みんな可愛い!! と実感しました。
 また私をじ~と見る子がいて・・・笑顔で手を振ると私を見たまま、隠れたのですが時々ちょこっと顔をだしてじ~っと見ます。それでもずっと手を振っている私に笑顔は見せてくれませんでしたが、お母さんに連れて行かれる直前、手を振ってくれたのです。
その子の中にも神がおられるのです。
 みんな(魂)と触れ合う事がこんなにも明るい気持ちになれて、エネルギーが高まるのがわかります。何も違いなどない、皆同じ神の子なのだと思うと、人が怖くないのです。
私は夜中に家を出るので、裏のマンションで低い声の話声などし、姿が見えないと以前は怖かったのですが、今は怖くなくなりました。なぜならもし肉体が滅んでも私は神の元へ帰るだけ。永遠の命だから。それがわかると何も怖がることはないのです。


今日も宇宙のすべてに感謝です。そして、世の中の皆様が1日も早く自分がどこから来て、
どこへ帰り、何が目的でこの世に生まれてきているのかを知り、幸せロードを歩いて
神の元へ帰れるように祈っています。