mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

自分が出来る事を

 知花先生の言われる(キリストもお釈迦様も言われています) ”利他愛” とは・・・


   " 私達の魂に、個人というものはありませんよ。皆神の子であって、区別したり区切られるものではありません。皆さん、自分は人間だ肉体だと思うから大変なんでしょ? 
あの人と自分は違うと思うからしんどいんでしょ? ご主人と争っている時、誰と争っているの? 自分でしょ? あの人も自分もという個人はないんですよ。 みんな神(大霊)の一体であって、なぜ争う事があるの?必要? “ 
   これは、主人が田舎で暮らしていた時、夢の中で誰かに、”あの人もあの人もあの人も・・・・みんなお前だ“ と連れまわされたと言いました。
 主人はその時、なんであんな夢を見たのかわからなかったのですが、その後、知花先生のCDに出会い、この事だったのかとわかったのです。不思議ですね。
神からの啓示なのでしょうか?
   私はというとその時はまだまだ幼稚だったので心(魂)の勉強をしようとか、
自分を律する事なんてできるわけもなく、自分の思う通りに自由きままに貧しくてもいいからこのまま田舎であまり人と関わらず(その方が精神的に楽だと思っていた)家族と面白おかしく、苦しい事は避けて幸せに生きたいと思っていましたので主人の話には耳を傾けたくありませんでした。
正直、自分の知らない未知の世界へ足を踏み入れる勇気もありませんでしたし、怖かったのです。 
 
 そんな私が知花先生の言われる “利他愛” が少しづつわかり始めています。
目で見える肉体、個人として相手を見るから、こだわりや偏見を持ち、勝手にジャッジをしたりして・・・勝手に期待しては裏切られたと思ったり・・・でも目に見えているのは仮の姿、錯覚なのだという事に気づき、奥にある魂を見れば皆同じ、神の子だと思う事ができるのです。
そう思えば今、目の前で一瞬一瞬に起きている出来事には何事も大した意味があることではないと気づけるのです。 
 自分という個人はないのですから、また他は自分なのですから、大切にしないといけない事に気づきます。 “まずは自分を愛しなさい。” と言われます。 自分を愛せない人は他人も愛せないと言うのはそういう事なのです。
 ”自分を愛するように人を愛しなさい” と言われることがよくわかります。 
 今まで自分がされて嬉しい事は人にもする事が大事なのはわかっていました。 
ただそれは自分の周りの大切な人にはできていましたけれど、自分の知らない人に対してまではしようともしてもいませんでしたし、していませんでした。それは間違いだと気づいたのです。今日1日すれ違う人(魂)、出会う人(魂)は縁があって出会う人(魂)。
その人(魂)たちも愛する事ができます。 挨拶するだけでもいいのです。触れ合う事で自分にとっても素晴らしい一日になるのです。
 
 犬の散歩へ出かけた時、何か月か前までの私は知らない人とすれ違っても挨拶などしませんでしたが(知っている人にだけはしていました)、昨日は下校している知らない小学生の子供達に “こんにちは” と声を掛けると、高学年の女の子ですが丁寧に “こんにちは” と返してくれました。低学年の男の子も恥ずかしそうに。
 また、歩行者が1人しか通れないような通路を通っていた時に、自転車に乗った女の方が向こうからやってきました。私はその時足下にまだ飲物が入っているペットボトルのゴミを持って帰って処分しようかと迷っていたのですが、その自転車の方が
通るまでの待っている間、ペットボトルの中身を捨て犬の糞とり用のナイロン袋に入れる事ができました。その方が通られる時、“すみません、待っていただいてありがとうございます” と言われたので、 
 “こちらこそあなたのお蔭でゴミを拾う事ができました” と言うと一瞬キョトンとされましたがニコッと笑顔で会釈をされました。
そんな触れ合いがどんなに素晴らしいことかと思う日々を頂けて感謝できるのです。
そういう瞬間を一人一人に頂けた事に感謝できるのです。

 まずは自分が誰かの為に出来る事を些細な事でもいいんだと思うのです。相手に与えたつもりが本当はこちらが頂けているのです。それだけでどんなにエネルギーをいただけるでしょうか。
 私達は何か起きた時、誰かを責めてはいないでしょうか? 一生懸命されている人を見過ごしていないでしょうか? 
 高速道路を走っていても、何分かで遠くまで行くことができます。その事にとても感謝できます。このほんの1mの道路を作るだけでも、どれだけの人が関わりどれだけのご苦労があるでしょうか?トンネルも気が遠くなりそうなくらいです。そのお蔭で私達は便利な暮らしができています。
 例えばスーパーマーケットも当たり前のように商品を提供してくれていて、お金を支払うと当たり前のように簡単に遠く全国で作られた野菜や果物や魚やいろんな物が買えて、日々食卓に並び私達は生きる事ができます。
 でもそれにはどれだけの人が携わっているのでしょうか? 作る人、収穫し出荷する人、袋へ詰め加工する人、仕入れる人、積んで運ぶ人、商品を並べ提供する人・・・ 
 どれだけありがたい事でしょうか? どれをとっても目には見えないところでたくさんのご苦労があり、その上で私達は何の不自由もない暮らしを営む事ができています。
 その事に気づければ他に対しても礼を尽くす事ができます。
自分の身の周りの人だけを大事にするだけにとどまらず、すべてを大切に思えるように
なるのではないでしょうか? 
 それが ”利他愛” なのではないでしょうか?
もう、自分が自分がと自分の事だけを考えるのは辞めようと思えますし、他の為にできる事をしようと思えるようになります。


今日も宇宙すべてに感謝です。そして皆様が幸せでありますように。