mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

自我(欲)から自分を解放すると

   自我(欲)は厄介ですね。人間って自我が真実だと思うから悩んだり苦しむんです。
自分がよく見られたい・・・とか、人から好かれたい・・・とか、
嫌われたくない・・・欲です。この欲=自我に支配されている事を “自縛=自縛霊” 
と言うのです。また、自分は小さな人間だと制限し思う事で何も行動できないのもそうです。
 以前も書きましたが私は一番上の姉も二番目の姉も嫌いでした。
一番上の姉は、人並みなのですが人からよく“きれい”とか“美人”だとか言われてきたからか、金欲や自己顕示欲や物欲・・などの欲が他の人にはあまり悟られないのですが私には昔から丸見えだったので嫌いでした。
 母親はこの姉が一番可愛いようで昔からよく気が合い、
二番目の姉もこの姉とよく一緒にいて今でもよく連絡を取り合っているようです。
一番上の姉に関しては、あまりにも幼稚な魂のようで、昔から私は波長が合わずいつも距離を取っていました。もちろん、彼女にも良いところはたくさんあります。その事に気づけたのは、つい最近の事です。精神世界(内観)に心を傾けるようになってからです。
そして今では、この姉の事も愛おしく思えるようになりました。
 今までは外側の目の前に起こる事ばかりに心を奪われていた私は、いろんな場面で苦しんだり、悲しんだり、怒ったり、泣いたり・・・悪い感情ばかりが先立ち、際立ち、あたふたしたり、どうしようどうしようと心がふらついて揺れいつもブレタリしていました。
そんな自分が嫌で自分を変えたい、変わりたい、といつも思っていました。自分で言うのもおかしいですが生真面目なので、うつ病になりかけた事もありました。


 2番目の姉は、前にも記述しましたが、いい人に見られたい、嫌われたくない、誰かに認められたい、好かれたいという欲を持っています。それが他の人には悟られないので、“あの人はいつも笑顔で癒される。”とか“あの人は良い人だ”とか評判で他人には好かれていますが、私にはその欲望が丸見えなので、嫌いでした。
 木村藤子先生にも言われましたが、私は負けず嫌いな性格だったので、姉が人から褒められたりする度、胸がざわついていました。また、いつもこの姉と比べられていたのも負けず嫌いな私にはおもしろくなかったのです。
 養子をとったので両親からも大変頼りにされ、可愛がられている姉に嫉妬したり、うちの子供達より姉の子供達を可愛がる両親を見ていても姉に対する気持ちはもやもやしていました。私は嫌になるくらい小さな人間(魂)でした。
けれど、精神世界を勉強するようになってからの私は、変わる事ができました。姉を認める事ができるようになりました。
 誰かが姉を褒めても今はもう胸がざわつきません。姉も私もこの世の人すべてもともと大霊なのだと思うと愛しく思えるようになりました。お互い学び合う為(この世は善人悪人、多種多様な霊が混在しているので非常に修行しやすい)にこの人間界に生まれ、縁あって姉妹となり、私に教えてくれているのです。
 “見える所だけを繕っていい人を演じても幸せにはなれないのよ。私は外見だけを繕う自我人間なのよ”と。そんな姉を私は愛しく思えるようになったのです。旦那さんとの関係は、一向に進まない姉に、今は働きかけています。義兄の想い・・・
木村藤子先生の言葉に、
 “人には人の理由がある” その時彼はなぜそうしたのか?を考えてみて。とここへ帰って来てから私と姉の間には確執がありましたが今ではそんな話もできるようになり問いかけています。姉に幸せになって欲しいと願えるようになったからです。


 昨日、配達の帰りに信号を待っていると、老夫婦がバス停へ向かって歩いていました。
ご主人と思われる方はスタスタと早歩きで、3mくらい後を奥さんが追い付こうと歩いていますが、早く歩けないようでした。ご主人は後ろを気にかける事もなく・・・
なぜ一緒に歩いてあげないのかな?もしこけたら?同じ場所へ行くのなら肩を並べて一緒に歩けば、こけそうになった時には支える事もできるだろう、バス停までが長くしんどいなら、話しながら励まし合いながら歩けば知らない間に着けるものかもしれないだろう。
 まるでうちの両親を見るようでした。うちの両親は外では自分の好きな他人に対してはとても愛想がいいのです。ところが家では長年夫婦の会話もなく、思い合ったり、支え合ったり、励まし合ったりする言葉も行動も見られません。ましてや姉の旦那さんに関しては温かい言葉を掛けたり、気遣いなどありません。
 私の主人も母を毎日会社から家へ車でわざわざ送っていますが、時々主人に向かっても憎まれ口を言うのでがっかりしたりします。が、主人も私もすぐ許し(以前はすぐ腹を立てていた私が)、気にしません。それは母の自我であって真我ではないからです。その時は悪い役を演じているだけなんです。


 なぜ大事な人達をないがしろにし、他人にばかり向かい過剰な笑顔や心遣いをするのでしょうか?それは愛ではなく、やはり大勢の人によく見られたいという欲だと思います。
 確かに自分がいつも不機嫌だとすれば社会に悪いエネルギーを排出しそれが波及してしまいます。外へ向かって光(笑顔や心遣い)のエネルギーを排出すれば社会には良いエネルギーが波及するのでそれはそれで良いのですが・・・


 でもそれで幸せでしょうか?本人達はその自我(欲)に支配されている限り、自縛なので苦しみいつまでたっても解放されないのです。義兄も姉にとっては大事な人=娘にとって大事な人=自分(両親)にとっても大事な人。大事な人を心の底から大事に愛しく思える事は、真の愛で真我なのです。そこに自我(欲)はないのです。愛は無償なのです。
そこへ何かを期待するとすればそれは“愛”ではなく自我(欲)なのです。
両親はもう今世で気づけないかもしれませんが、気づいて欲しいと願っています。
 ですが、姉は今も頑な状態にいます。
風天先生が先日会社にわざわざ来てくださいました。
その時、姉を見て何かを思われたようです。違う言葉を言われましたが私達にはわかりました。
 風天先生は知花先生の意志を受け継がれ、
新潟で従業員が100人以上もいた会社の社長だったのですが、知花先生に出会い、
その会社を譲り知花先生が毎日この世の真実を説いておられた清里に一家で移り住み、
今も知花先生の説かれていた事を知花先生に替わって伝えておられます(風天教室でお話が聞けます)。先日は、”この世の錯覚とカルマの解消法” という本を出版されました。愛をいっぱい感じました。
 風天先生はその人が何を思っているのか、何を考えているのかがテレパシーのようにわかるので(以前パワーを持つ人がいればそこに・・で書きましたが)、いつも驚いてしまいます。なぜかバレテしまうのです。風天先生には何もお伝えしないのにも関わらず
いつも主人か私が思っている事がわかり、その事に触れて説いてくれます。風天先生は会った方と必ず握手をされます。その時におそらくわかるのでしょう。
 
 これから年老いていく中で、姉にとって試練がやってくるでしょう。人生は修行ですから、また宇宙法則によりその問題を先送りにしても解決しないと必ずまたその問題が襲いかかってくるようになっています。
 まだまだ時間はかかりそうですが、私達はこれから先、姉が苦しい時や悲しい時、
救いを求めてきた時は必ず姉の支えになろうと決めています。

 世の中の人が一人でも救われる事をお祈りしています。そして世界中の皆様が幸せでありますように。
 今日も宇宙すべてに感謝です。