mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

私達を変えられるのは、”善い想い” 

  人間=霊体には、善霊と悪霊がついているとスエーデンボルグの ”霊界” にも書かれています。木村藤子さんの本にも ” 善い行いをすれば善い守護霊がつきますし、
己が善い行いをしていけば徳を積むことができ先祖の格も上げる事になります。” 
と書かれていますし、知花先生も ”自分の想いや行動によって守護霊が変わってきます。だから善い想い、善い行いをしなければ善い守護霊はつかず、低級霊がつきますよ” と霊界を知っている方々は誰もがそう言われます。
 
 子供達が小さい頃、ディズ二―のDVDで天使(善霊)と悪魔(悪霊)が出て来る物語を一緒に見たことがあります。
ずいぶん昔なのではっきりとは覚えていませんが・・・
 ミッキーとグ―フィーが仲良く暮らしていたのですが、ある日突然かわいそうな子猫が紛れ込んできます。居た堪れなくなったミッキーがいろいろと面倒をみてやります。
今まで可愛がられてきたグ―フィは拗ねて、子猫にやきもちをやいてしまいます。
そしてついにミッキーに見つからないように井戸へその子猫を放り込もうとしたその時、
天使(善霊)が耳元で ”ダメよ!その子を井戸へ入れるなんて事してはダメ!” と
言います。グ―フィーもハッと気がつき手が止まります。がその時、悪魔(悪霊)が現れ、”入れちゃいな!その子猫がいなくなればお前は前のようにミッキーにかわいがられるんだぜ~” っと言います。
 優しい顔になっていたグ―フィーがまた怖い顔になり子猫を入れようとします。そうするとまた天使(善霊)が、”入れちゃあダメよ!” と叫ぶ声の狭間でグ―フィーは翻弄されていると、ひょんな拍子にグ―フィーの方が井戸に落ち・・・そこへミッキーが現れ、子猫をグ―フィーが助けたと思い、ミッキーに大変感謝されもとのように可愛がられるという物語を思い出します。
 誰でもこのようなポジティブな感情(善霊が促してくれる)とネガティブな感情(悪霊が促す)を持っています。


 ”想い” がとても大切だという事を教えてくれています。


 私達人間は、霊界によって支配されています。人間界で修行をし、霊界へ帰っても魂の進化を目指します。私達が日々浴びている太陽にも少し届いているとは言われますがまた違う、霊界には霊界の太陽があり、そこから霊流が流れている。
 その霊流を素直な人は多く受け取る事ができますが、素直でないと霊流を受け取りにくくなると言われています。霊界へ帰っても人間界で生きていた時の素直さが問われます。
 
 私達の周りにも、明朗活発(正直で何も後ろめたさなどなく)で積極的、他の為に何振り構わず働き、見ていても気持ちの良い方がおられますね。道徳的で人の悪口も言わず、いろんな事に感謝ができて、愚痴も言わず、そして人生を幸せに心の底から楽しんでいる方(お金を使って楽しむのではなく)。そういう方(霊格が高い)は波動振動数(エネルギー)が高いので霊界の霊流を受け取り、高級霊がついています。それも想いです。
素直(直ぐなる人)でいなければ善い行いもできないのです。


 私達は人間界にいますが、本当の姿は霊体ですから、霊界と繋がっています。
霊界と私達の世界は背中合わせです。知花先生は 
 “瞑想すれば、霊界へつながりますよ。私達は寝ている間、誰でも霊界とつながっているのですよ。ただ人間はそれに気づいていないだけなのですよ。”と言われます。
想いや行いをうそで固めても霊界へ行けば全ての人(霊)がバレてしまいます。
   真の自分の霊格が出てきます。霊的自分になった時に進化が問われます。
 霊界では、どんなに偽っても想念がテレパシーで伝わります。
 知花先生は何度も何度も、
  “ 想いを変えなさい。” とそして、
 “ 心の底から自分が幸せであって初めて人を救う事ができるのですよ。自分が幸せ ではないのに、自分は救われていないのに、溺れそうなのに人を助ける事ができますか?” と口を酸っぱくして言われています。
 “神だったらこんな事想うだろうか? こんな事を言うだろうか? こんな事をするだろうか? と意識しなさい。私達は神、大霊なんですよ。想いを変えるだけなんですよ。” 知花先生は一生懸命説いておられます。一人でも悟って天界へ入れるようにと願い、時には涙を流しながら、時には叱りながら・・・
 なぜ私達人間の多くは霊界の存在を知らないのでしょうか? 今私達が生きているのは魂の修行をする事が目的で、霊界へ帰ってからも魂の進化の修行を続け、天国(天界)へ入れるように生きていくのです。
 
 ” 想うだけなら許されるだろう。” と悪い想い、想念を抱く事は決して善い方へは向かわない事を肝に銘じたいですね。