mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

善い行いは幸せの種蒔き

    “情けは人の為ならず”・・・私は長い間この言葉の意味を間違って理解していました。人の為に一生懸命尽くしても、その人の魂の成長を妨げるから手を貸すな、物を安易に与えたり、お金を安易に与えたりするのはその人が自立できず返って苦労するからだと言う意味だと思っていました。
 
  “親切する事で見返りは求むなかれ”    人に情けをかけ、人に親切するというのは、
当然ですよね。
 人の為でもなく親切にする事で己が徳を積むことができ、霊格が上がり、自ずと高いエネルギーを他に与える事ができるのです。霊格の高い(エネルギーの高い)人が親切にする事は当たり前です。さらっとできちゃいます。
     “親切”にして心が痛む人がいるでしょうか?
     “親切”にすると、心地よくなりませんか?
 私は人に親切にした時、とても気持ち(エネルギー)が高揚します。魂はもともとそのように誰かの役に立ったり、誰かの力になれたり誰かが喜んでくれたりした時、
綺麗な光を放つようになっています。親切をして相手が喜んでくれた時の空間はすがすがしく清らかなまぶしいものです。
 そんな空間は傍から見ていても高いエネルギですからそれが伝わってきて、その幸せな
空気を同じように感じ味わえるとこちらも自然と幸せな気持ちになり微笑んでしまいますよね。
 故知花先生は “みなさんは、今まで盗みを働いていませんか?” ・・・なるほどそうだ。。。。


  “高いエネルギーを放っている人のエネルギーをあなた達もらっているんじゃないですか? エネルギーは高い方から低い方へ流れますから、高い人のエネルギーをあなた方は盗んでいますよ! なぜ、あなた方は人に与えないんですか? 想い一つで変えられるんですよ! 自分の意識の高揚で高いエネルギーを放つことが出来るんですよ!
お金もいらない(掛からない)何か高度な物(高価なもの)を使わないとできないんですか? 想いひとつですよ! お金を掛けなければいけないもの(できない)は偽物ですよ! お金で手に入るようなものは本物ではありませんよ。 なぜ心の眼で見ようとしないんですか! ” 
 一般的に人は安き(低エネルギー)に流れると言われるのはそういう事かもしれませんね。
 みんな一人一人が意識を高め、高いエネルギーになりなさいという事なのです。それが神の望みなのです。
 “私達一人一人が真我に目覚め、自分は神で大霊なのだという事に気づきなさい。
自分を人間(自我、偽我)だ、小さい存在だと思う自縛から自分を早く解放しなさい ” 
 と知花先生はDVDの中で何度も何度も言われています。
 
 私も今日出会う人は隣人と思ってささやかですが、例えば買い物に行った時や銀行へ行った時に、自動ドアではない扉(けっこう重たいのでお年寄りには力が要ります)が時々ありますが、そんな時は、後ろから人が来られていると、自分だけが入ってしまわず、扉を開けたまま後ろの方をお待ちしています。どの方も驚いた顔をされますが入る時は笑顔で
 “ありがとうございます。”と返してくれます。その空間はすがすがしく、あたたかい気持ち(高エネルギー)に包まれます。
  ただ誰かの役に立てたら・・・
  ただ誰かがその時は喜んでくれなくても、誰かの心の奥底に小さくてもいいから

幸せの種を蒔けたら・・・
  そして誰かに少しでもエネルギーを与えられたら・・・と願いながら。


 でも、想うだけではいけないんです。善い想いの次は、善い行いをしていく。
なかなか行動する事は大変勇気がいる今の世の中なので、容易くはいかないようですし、行いは言葉より重いですよね。 よく、”言うは易し” って言いますものね。
よほどの想いを持っていなければ肉体は動きませんね。その肉体を動かすのは、やはり
霊魂(意識)。肉体が動くうちに、死んだら肉体は動きませんから少しづつでも一人一人がまずは、行動していきましょう。