mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

今の生き方が来生に影響を及ぼす鍵を握っている

 私達は、何をするにも自分がやっているとよく言いますが、この体を動かしているのも神(生命)によってです。
だから自分がしている、やっているという思いは傲慢な考えです。
すべて神の意志、自分の意志と思ってしていてもそれは神によって成しえている事、
神(生命)なくしては何もできないのです。肉体を動かしているのは神(生命)です。
私達の心臓に神はいます。細胞一つ一つにも神はいます。この世に現れているものすべては結果でその原因に基づくものはすべて神あるがゆえです。ビルも道路も家も学校も電気も水道も電話も食べ物も・・・何もかも神なくしては何も現れないのです。
 
 例えばこの生で仕事が成功した、またこの生で頭が良い、能力が優れているというのもそれは、
神あるが故です。自分の力だ、自分がやったと思い続けたとしたら、この世を去った後は霊性を取り戻す事が困難になるでしょう。
 私達は人間ではありません。真我(真の我)は神の子であって、大霊、生命。その事がわかれば、他人との分離感はなくなります。
また悟れない限り私達はカルマの法則により何千回、何万回と転生を繰り返します。
私もその分離感にとても悩まされました。
なぜあの人はあんな事をするのだろう?
なぜもっとこうしないんだろう?
なぜあんな事しか言えないんだろう?
なぜ威張っているんだろう?
なぜ人の気持ちを考えないんだろう? なぜなぜなぜ・・・・みんな自分がどこから来たのかどこへ帰って行くのか、そして何が生きる目的なのかがわからず、手探りで生きているから他との分離感、不信感、孤独感、不安感などを抱いてしまうのです。分かり合えるはずがない・・・理解できるはずがない・・・と。


 “外側を見るな!内観しなさい!” と知花先生はいつもCD・DVDの中で言われています。みんな同じ神の子(生命)だと思えば、
どんなにこわそうな人であろうとも、
どんな汚い恰好をしていようとも、
どんなに貧しかろうとも、
どんなに着飾っていようとも、
どんなに醜い人であろうとも、
どんなに地位が高い人であろうとも、
どんなに卑しい人であろうとも・・・みんな同じ神であって生命だという事が見えてくるのです。
それがわからないから人は、目の前で起きる一つ一つの出来事を真実だと捕らえ、嫌な事が起きると分離感を抱いてしまうのです。あの人が嫌いだこの人が嫌いだと。
この世は陰幻の世界です。非真実なのです。目の前で起きている事はドラマを見ているようなものなのです。錯覚です。本物だと思うから思い苦しむのです。


 また、カルマの法則で毎日毎日、目の前に自分にとって乗り越えなければならない場面がやってきます。楽しい調和のひとときもよいカルマとして現れますが、自分にとって不調和な嫌な思いをする時や不愉快な場面は、それこそが乗り越えなければならない場面です。
 悪い場面にあっても相手の言動や行動を悪い方に捉えず、“あっこれは、私の悪いカルマ(欠点)を気付かせてくれる場面なんだな” と思い良い方へ考える癖を身に着ければ良いのです。
 
 “この人は私に教えてくれているのだな。この人はこの人で自分と同じようにカルマ(欠点)があって苦しんでいるのだな。でもこの人にも私と同じ神が宿っている。
この人も神だから私に至らないところを教えてくれているんだな” と思えるようになります。
 例えば先日、姉と2人事務所で仕事していると同業者の若い男性の方が姉だけに旅行へ行ったとお土産を持ってこられました。以前の幼稚だった私なら、
 “なんで、私もいるのに、姉だけに持って来るの? 私にはないなんて無神経な人~” とムッとして胸がざわついたでしょう。それが顔まで態度まで現れたと思います。が、
分離感がなくなったので、その時の私は少しも胸がざわつくものはなく、
 “この人は姉とよく面識があって親近感があるから持ってこられたんだ。そうなんだ、この人も神だ。神が姉を思い持ってきてくれたんだ~。ありがたい事だ。そして、私が以前のような受け取り方、捉え方をするのどうかを試されたのかな?” と思えたのです。その姉にお土産を持って行ってあげようと思ってくれた優しさに心が温かくなりました。そして心から “ありがとう。” と会釈しながらその人に言いました。


 これがカルマの刈り取りだと思います。小さな事から大きな事までカルマの刈り取りが日々やってきます。そして新たな良い種蒔き悪い種蒔きをしています。でも今では、
あっこれがカルマなのかな?” と次から次から来るインベーダーゲームのようにやってくるのがわかるようになりました。主人はここへ帰って来た頃よく次から次から問題が現れてくる度、“神様からの練成問題だと思えばいいんだよ。さあ、次はどんな問題がやって来るのかな~” と言っていました。私もやっとその意味が解り始めました。
良いカルマももちろんありますが、悪いカルマ=欠点、特に人間には人を嫌う、憎む、恨む、妬む、罵る、怒る・・・などという醜い欠点、性質を誰もが持っています。その悪いカルマが原因で不調和を起こし分離感を克服する事ができないというカルマから脱出できない為、何度も輪廻転生を繰り返しています。知花先生は、講和 “カルマの法則” の中で、“最近はカルマの刈り取りをするどころかもっとカルマの上塗りする人がなんと多いことか。” と嘆かれています。悪いカルマを刈り取るどころか上塗りが多くなればなるほど次に転生した時に、もっと背負わなければならない人生が待っています。乗り越えなければならない悪いカルマが次から次へと現れてくるのです。それが宇宙法則です。
乗り越えるという事は、調和になる(平和的に実を結ぶ)という事なのです。


 今の人生が来生に影響を及ぼす重大な鍵を握っている事を知っていれば私達は投げやりになったり、簡単に人を憎んだり、怠けたり、楽しい事だけを追い求めたり(欲望の追求)せず、人生というものと本気で向き合えるのではないでしょうか? 
今目の前にある事を精一杯やり遂げ、
今目の前にいる人は私と同じ神(生命、大霊)なのだから違和感や分離感を抱かず愛を持って向き合い、愛ある言葉、愛ある想い、愛ある行いができるのではないでしょうか。

悪いカルマの上塗りをするより、良いカルマの上塗りをしたいですね。