mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

うちの姑さん

 うちの姑さんももう80歳になりました。50歳くらいから近くのフィットネスクラブへ通い今も日課のように通っているので元気です。もともと周りや人をあまり気にしないマイウエイな人なのでくよくよする事はありません。

言いたい事もずけずけ言ってしまい、周りがドギマギしますが昔のように口を荒らすことはなくなりましたし、私にはよく気を使ってくれます。

 そんな姑でも苦労した方だと思います。今ではよくある話ですが実は後妻さんなんです。

 主人が8ヶ月の頃両親が離婚し1歳半頃、今の姑さんと再婚したそうです。昔の母親というのは家庭に入り仕事をしていない人が多いので経済的に子供を養育するのは難しかった為か父親が親権を持っ事が多かったそうです。義父も主人の姉と2人の子を仕事をしながらの養育は大変だったのでしょう。まだ乳飲み子だった主人を身重で面倒を見てくれたそうです。翌年には弟が生まれ、その頃の育児の大変さをよく話していました。姑は義父より10歳も年下のOLで実家は裕福な家のお嬢様だったのですが厳しい父親に相手が2人の子連れとあって猛反対の末、勘当されたそうです。

 義父は転勤族で、そのたび費用もかかりますし、また義父は浪費家で車を車検の度買い替えるという人だったらしく家計はいつも火の車で、高度成長期とはいえまだ女性の多くは家庭に入っていた頃でしたが、姑は早朝から昼まで子供3人(主人の姉が面倒を見ていた)を家に置いて弁当屋へ勤め、帰ってからは子供の育児の合間に内職をして家計を支えていたみたいです。主人も小学校上がる少し前からやっと保育園に入れたそうで、その為小学校へ入った時は足し算がわからず先生に毎日怒られた事を話してくれます。それからも経済的にはずっと苦しかったので主人も”あれが欲しい、これが欲しい”と思う環境ではなかったのでしょう。そんな暮らしだったのに、更に義父は53歳になった頃、もう転勤もなくなる歳になったので家を新築しました。が惜しくも建てて1年、ガンでこの世を去りました。ローンだけが残り・・・主人はまだ中学3年の6月でした。

 それからも姑は主人を高校まで出してくれました。弟をみんなで支えて頑張り大学まで行かす事ができました。

 でも結婚した頃は、”なぜ主人は大学へ行かせてもらえなかったの?”

”なぜみんなで弟を甘やかすの?””なぜ義姉と主人は犠牲になるばかりなの?””どうせ姑は弟がかわいいんでしょ?”という気持でもやもやしていました。そしていろんな事がなぜ?なぜ?なぜ?と頭をめぐり・・・

でも私も子供を育てていくうち、自分の腹を痛めていない子をよく育ててくれたと思うようになりました。現実自分の子供は格別に可愛いです。他人の子を見て可愛いと思うレベルが違います。それでも愛情を注いでくれたから主人はとても姑を大事に思っています。

たとえ弟だけが大学へ行ったのであっても。それは主人が自分から行くのを辞めたので

妬ましいとも思っていないのです。それより義母や弟が喜んでくれたらそれが何よりなのです。本当の親子でもこんなに思いやることはなかなかできないと思うくらい、主人には頭が下がります。あんなに姑を憎んでいた私の心もとけて主人と同じ迄はいきませんが、

何かいいものがあれば姑に持って行こうとか買って行こうとか今度のお休みは姑のところへ行こうとかお祝い事があれば姑も呼んで来てもらおうとか思えるようになっています。

先日も次男の長女の初節句に私の両親と姑を招待しました。とっても喜んでくれてつくづくこんな日が来るなんてあの頃は思いもしない事で、相手の思いや事情を理解できるようになった事で自分にとっても素敵な日常が過ごせるようになれるのだと実感しています。