mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

主人は神様の使い?

 会社へ戻ってきてから両親との関係に苦悩していました。帰って来た時はまだ自分達の家を人に貸していたので、実家の離れに住むことにしました。が仕事で関係が捻じれているのに、家に帰っても両親と顔を合わさないといけない状態はさすがに厳しく、最悪な状態でした。

姑と同居をしても大変でしたが、我が親と同居をしてもこんなに厳しいものかと改めて同居とは窮屈なものだと思い知らされました。昔はあんなに居心地がよく、姑に何か言われて辛くなるとよく実家へ帰っていたのに・・・あの頃の甘えていた私とはもう違うんだとはっきりわかりました。

田舎にいた頃、子供の同級生の家は大半が同居でした。田舎はお年寄りが多いのとやはり長男は地元に残り家(墓守)を守っていく風習が残っているようでした。

でも、やはり嫁姑の仲はゴタゴタ。お嫁さんはうちへぶどうを買いに来ては姑の悪口を言い、姑さんがうちへぶどうを買いに来ては嫁さんの悪口を言い。

私は”あんなに優しそうなおばあちゃんでもお嫁さんの悪口を言うんだ”と驚いたり。

また”あんなに優しそうな明るいお嫁さんがそんなきついことを姑さんに言うんだ!”と表面では気づけない事に驚くばかりでした。みんな窮屈な思いをしながらでも一緒に暮らしているんだと何とも言えない複雑な思いで聞いていました。

同居していても顔は向き合っているようで心はお互い背中を向いているような・・・

思えば私も姑と同居をしていた時はこの方々と同じだった。まだまだ未熟な者同士が一緒に暮らすという事はとても難しいことだという事です。


 自分を犠牲にしているような気持になっていました。自分を殺して、自分らしさを失って、仕事も両親や社員の為に自分を犠牲にしてまで頑張っているのになぜ?という思いにかられていました。

 ある夜、得意先の接待の帰りに代行で帰る車中で私は主人に弱音をはいていました。

”なんで私達はこんなに頑張っているのに会社でも父や母はあんなに冷たく当たるの?

私達を憎んでいるんじゃないかな?それだったらもう辞めたい!私は親孝行だと思って

帰ってきたのに、ありがたがられず・・・こんなんじゃ帰って来た意味がない”

でも主人は

 ”そんな事ないよ。帰って来た意味はあるよ。僕らが会社をしないと誰ができる?お義父さんもお義母さんももう年だよ。だから会社をたたみたかったんだよ。でも

いろんな思いがあってたためずに何年も過ぎたんだよ。お義父さんもお義母さんも長年築いてきた会社をたたみたくないんだよ。僕らが継いであげないと誰がするん?ぼくらしかいないんだよ。してあげられる人がいるというのはすごい事なんだよ。いなかったらできないんだよ。いるからできるんだよ。それだけで幸せな事なんだよ。したくてもしてあげれない、できない人もいるんだよ。それが親孝行なんだからしてあげればいいんだよ。わかってもらえなくてもいいんだよ。

 と言い励まされました。と私が励まされたはずなのですが、家に着いた時、代行の運転手さんがわざわざ降りてきて、

”ありがとうございます。あなたのお話を聞いていて、母の介護をするかどうか悩んでいましたが、してあげれる人がいる。してあげられるのは僕しかいないんだと思いました。今しかしてあげれないんだと思いました。本当にありがとうございました。”と深々と頭を下げられ、私達は驚きましたが、”頑張ってください”と握手をしました。

主人の言葉がある一人の人いえ、二人の心を動かしたと思うと時々主人は神様の使いなのかな?と思う今日この頃です。