mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

離婚まで思いつめられたけど・・・

 主人との離婚を決心して、私は幼い長男を連れて実家に帰りました。実家の両親は“離婚すればいい”と。娘ばかりだった実家には長男が欲しかったようです。


 そんなある夜突然、主人が私と長男を迎えに来て“帰ろう!母とは別居する。この子にとって父親は俺だけだから。別居するだけで母を捨てるわけじゃないんだから。”と言ってくれて、主人はいつもどん底の気持になった私を救ってくれた。あんなに頑なに母を一人にできないと言っていたのに一生懸命私と息子の事を考えてくれたんだと思うと涙があふれ出て、主人の胸でわんわん泣きました。そして第二の出発に第二子を神様は授けてくれました。
 それから親子水入らずの生活が始まり、次男も生まれました。至福の時を実感していました。別居したので気も楽になりそれからは、母を一人にしたという負い目を感じていたので主人の為に毎週末あんなに嫌いだった姑の家に家族で泊まりに行っていました。姑の誕生日も欠かさずプレゼントを持って行き、表向きは“いい嫁”を演じていました。それでも近所や親戚の人に会うと“あんた、姑さん一人にして!よう帰ってあげられえよ!”“長男の嫁なのに出て行って、姑さんがかわいそうよ”などと言われたりしました。“なぜ長男の嫁はこんなに言われないといけないの?こんなに一生懸命しているのに”とずっと“長男の嫁”という不公平さに苦しんでいました。
 もう絶対あの家に帰りたくないという思いもあり数年後、無理して実家の傍にマイホームを建てました。私はマイホームを持てる事に舞い上がり、周りが見えなくなっていました。特に主人の事が。私が実家の母と勝手に決めたり進めたりで主人は誰の家を建てるのかわからないようでした。その頃、義姉から”家のローンが苦しいから母が仕送りしてほしい”というから、きょうだい3人でしたいので協力して”と言われ、私は家を建てたばかりで台所は火の車なのに、“いいよ”と快諾してしまった。私は昼間実家の会社を手伝い、家事を済ませ子供を寝付かせてから夜通し寝ずに内職をした。姑の為ではない。主人の為にと思ってしていた。いえ、主人からも“いい嫁”と思われたかったからかもしれない。そんな姿を見て主人は、内職までさせてしまった。ふがいないと思ったのでしょうか。だんだん主人の気持が離れていくようでした。笑顔もなくなり、ぶつかるようになりました。その時の私は、“なぜ?私は姑やあなたの為にこんなに一生懸命しているのに・・・”伝わらないのです。本当に相手の事を思ってしていなかった。~こんなに無理してまでしてあげてるのになぜわからないの!感謝して!私はいい嫁でしょ!と。できないならできないと事情を話せばいいのに、いい人(嫁)になりたいだけ。話せば姑も主人もわかってくれたはず。話していれば主人も私も苦しまなかったのに。私の未熟さでした。これがまた離婚の危機を迎えてしまいました。