mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

苦しみを乗り越えて

 身近にいる人との関係は難しいですよね?旅行した時などでも何の縁もゆかりもない人なら気が楽にたわいのない話が出来たり笑いあったりできるのは、その場だけのお付き合いだからこそできるのでしょうね。

特に親やきょうだいは一生かかわり合って生きていかなければならない存在なだけに、また自我が出やすい存在なだけに本当に厄介な関係です。

 我が家もあのまま田舎にいて親やきょうだいと離れて暮らしていればいい関係のままでいられたと思います。特に主人は自分の父親が中学3年の時に他界していた為、19歳で結婚した時から私の父を本当の父親のように慕い、大事に想ってくれていました。時々田舎へ遊びに来てくれた時もとても喜んで迎えては、父の話に一生懸命耳を傾けていました。が、帰って会社を継ぐようになってその気持ちは裏切られる事になってしまいました。というより、”今までのうわべの付き合いではなくもっと真実を知ろうとしなさい”と神様に戻されたのだと思います。

 帰ってきて両親の真の姿を見ざるを得なくなりましたし、私や主人の真の姿を見せざる負えない状況にもなった事で、お互いが不信感を持ったり、嫌悪感を抱いたりする事と

なりました。生き地獄のような日々もありました。もう投げ出したくて何度あの人達との関係や会社を投げ捨てようと思ったでしょうか。でもそれは、お互いをわかろうとしなかったから。相手の思いやなぜそうせざる負えなかったか?を考えれるようになると少しづつ変われたのです。いつも主人が気づき、そうではないんじゃないか?こうではないだろうか?と2人で話し合っているうち、良い方へ考えることにしました。そして両親も少しづつ私達の事も考えれるようになってくれました。

ある朝、私は今でも忘れられない出来事がありました。

それまでは男の人と同じように荷を積んでトラックに乗って配達に行っていたのですが、いつまで経っても母の引継ぎができそうにないので、母に”明日からは私が事務所の窓口に座るからよろしくお願いします”と言うと母はきっと怒るだろうと思っていたら”私はどこに座ったらいいん?””ここの席へ”と言うと、”わかった。それで私は雑用をしたり、出来る事をしたらいいんだね?”と私に席を譲ることに承諾してくれてその言葉を聞いたとき、私は涙が出そうになるのをこらえ、

”ありがとう。じゃあ明日からお願いします。”と告げて配達へ出掛けた。そのトラックを運転しながら子供が私のスマートフォンに入れてくれていたゆずの”栄光の架橋”を何度も涙を流しながら大きな声で歌った事を今でも昨日のことのように思えます。

 ” 誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった

   決して平らな道ではなかったけれど確かに歩んだ道だ

   あの時想い描いた夢の途中でも

   何度も何度もあきらめかけた夢の途中


    ※いくつもの日々を超えて 辿り着いた今がある

    だからもう迷わずに進めばいい 栄光の架橋へと


   悔しくて眠れなかった夜もあった 恐くて震えていた夜もあった

   もう駄目だと全てが嫌になって逃げ出そうとした時も

   想いだせばこうしてたくさんの支えの中で歩いて来た


   悲しみや苦しみの先にそれぞれの光がある

   さあ行こう 振り返らず走り出せばいい 希望に満ちた空へ


   ※終わらないその旅へと  君の心へ続く架橋へと ”


こんな嬉しい日がくるとは思いもしない時期があった事、でもかけがえのない

私の経験となりました。今は帰ってきてよかったと思えるようになりました。

いつかは分かり合える日が来るのだという事をおしえてくれた出来事でした