mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

見て見ぬふり

  会社の前の道や通勤で通る道、犬と散歩する道によくゴミが落ちています。

心無い人が車から捨てるのを見ることもあります。でも何十人もそこを通っても拾おうと

しません。

 私も昔から正義感のようなもの?真面目な一面があるのです。だからと言っても横着者ですし、怠け者ですし、ズルもするし・・・小学生の頃や中学生の頃からそういうところがあるのです。

小さかった頃の子供達を見ていて、どうしてこうなんだろう?と思ったりした出来事でハッとし、私に似ちゃったのかな?

ああやっぱり今から思えばそれは自分を映す鏡だったんだと気がつきました。

 主人はそんな人が捨てたゴミでも文句も言わず拾います。帰って来て1年くらいはどんなに仕事が遅くなっても2人で会社の前の通路を掃きました。今はあまりできなくなりましたが、それでも時間がある時はよその会社の前まで掃いています。

 そんな私だったので最初の頃はぶつぶつ文句を言いながら掃いていました。

 ”なんで仕事が遅くなって早く帰りたいのによその会社の通路を(そこの会社の前はいつもゴミが目立ち、早く仕事を終えるのに誰も掃き掃除をしない上、うちの会社の前までゴミが風で飛んでくる)私達が掃かないといけなんだよ~”と。

ところが主人に聞こえていて・・・

 ”そんな気持ちで掃くんだったら掃かなくていい” と厳しいお言葉・・・その頃は私も

そう言われたらぷ~んとふてていました。嫌々掃除をしていたのがばれていたので・・・何も言い返す事ができず・・・

 ”誰が出したゴミとか関係ない。そこにゴミがあるのに気持ちがいい?気づいた人誰かが片づければそこにゴミは無くなってみんなが気持ちよく通れるようになるんだからそれでいいんじゃない?僕は神だから”と言います。


 私はその言葉に頭が下がりました。またハッとしました。

なんてすごい人なんだろう!そんな事わかってはいたけれど、私はその誰かではなかった。自分ではない誰かが片づけてくれると思っていた。主人は誰かなんだ。私も誰かになろう!と思いました。ゴミを見て気にはなっていたけど、見て見ぬふりをしてゴミを素通りしていた自分が情けなくなった。そしてそんな私達を見て1人の人でも同じようにゴミを拾うひとが増えればこの世はそんな人でいっぱいになればいいなと願いながら。


 ~したほうがいいよな?と思った事は良心(内在神)が”しなさい”と教えてくれている。~したらいけない!と思う事は良心(内在神)がしてはいけないと教えてくれている事でそれに従って行動すればいいんだと。そしてそうするととても心が晴れやかになるのです。そうすると悩まなくなったように思います。

ただ誰かに褒めてもらう為とか、誰かに認めてもらう為とか、いい人に見られたいからとという理由でする行動(ボランティアでもそういう方がおられると言われます)は偽善だと知花先生は言われています。

 今まではそうしたらいいんだろうなと思う事でも、人からいいかっこしてとか、いい人ぶってとか言われるかもしれないと思うと躊躇して自分にふたをしたり、臆病になったりしていました。

 でも”私も神になりたい!”と思っています。そして”神になろう!”と。良心(内在神)に従って想い行動しようと決めたのです。

その日から私はゴミを見たら、人がいようといまいと拾うようにしました。いいかっこしてと思われてもいいんです。先日は電車でお子さんを連れた方が子供さんの上着を椅子から落ちていたのですが、その方も気づかれていず、周りの方も知らん顔だったので、拾ってお渡しすると大変喜ばれていました。また、赤ちゃんを前側に抱っこしたお母さんが

電車に乗って来られ手すりもなく安定が悪い場所で踏ん張っておられたましたが、誰も席を譲ろうとしませんでした。私も立っていたので譲ることができませんでしたが、手すりを譲ろうと思い、”こちらの方が楽ですよ”と言うと、とても喜ばれていました。

良心に従って行動するように心がけてからは考える間もなく動けるようになりました。

まだまだ足らないところがありますが、一歩踏み出せたように思います。