mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

父の引退

 うちは3人姉妹なので小さい頃から、3番目の私は”養子をとって会社と家を継いで”と両親からなぜか姉たちがいるのにそう言われてきました。私が生まれるまで男の子と信じていたようで・・・

 姉妹の中でも一番しっかりしていると人からもよく言われ、2歳年上の姉はよく妹に間違えられる事もしばしば。その姉が実は養子をとり実家を継いだのですが、その養子さんは大手企業に勤めているので吹けば飛ぶような中小企業の会社を継ごうとは思わなかったのでしょう。ですが年老いた両親はいざとなったら姉に会社を任せようと思ったようで・・・

 ところが姉は長年実家の会社に居た為、両親に依存し私から言えばまさに”お嬢様体質”で、自立心がなく何事も自分で決断するというような事は到底無理で、また従業員とは馴れ合いで言わなければならない事は何一つ言えないというような人なのです。

そして銀行からは”この人が後継者では・・・”と判断されたのでしょう、追加融資が受けられず、”もっとしっかりしてください”とはっぱをかけられたそうで・・・

そうかと言って廃業することもできず困り果てた末、新たな道を歩き始め農業をしていた私達を頼って会社を継いでほしいと懇願してきたのです。

 それからが私達の苦悩の日々の始まりだったわけですが、両親や姉との険悪な関係も今は良好になっています。

 先月は体力がもうついて行かないという父がとうとう退職する運びとなりました。

”もうわしの出る幕はない”と言ってくれました。

 帰って来た頃は何かをする度に文句をつけられ、従業員の顔色ばかりを気にしては

”そんな事はするな!””しても変わらん!”主人の助っ人で配達について行くと

”2人で行くな!”新しいことを始めようとしても協力は得られず知らん顔され・・・最初の2年ほどは泥沼だった。

 でも次第に数字に表れ始め銀行からの評価をいただくようになり、主人が2年前社長に就任してからは、良き相談役となってくれて私達の意見を尊重してくれるようになっていたのです。

 そして、楽しそうに主人に昔話を話すようになったのです。私の顔はあまり見ず、嬉しそうに主人の顔ばかり見て話すのです。主人も帰って来る前まで父を本当の父のように思っていたのですが帰ってきてからは父の見なくていい姿を見ては何度もがっかりして嫌いになった時もあったけれど、主人はそういう人なんです。

 その人の今を大事にし、以前の事はすぐ洗い流せる人なんです。一瞬一瞬を更新できるのです。本当に主人はすごい人だな~っと思います。

そしていつも私達親子の橋渡しをしてくれたのです。私が勝手に思い誤解しそうになるともつれた糸を一つ一つ解きほぐしていくように。


 退職の朝、花束と社員からの寄せ書きを抱えた父を囲んで記念撮影。そこにはみんなの笑顔がありました。そしてこんな日を迎えることができるとは思えなかったあの頃を思い出すと涙がこみあげてきました。あの時、投げ出さずここで踏ん張ってよかった。あのまま親子の関係が険悪なままでもし両親が他界していたらきっと後悔していたと思うと生きているうちに親孝行(親はそう思っているかはわからないけど)ができてよかったと思う。3番目もまた女の子だったとがっかりさせたけどこの子を産んで良かったと少しは思ってくれたかな?


 あれから1ヶ月経ちましたが、何の惜しみも無さそうですっきりしたような父を見て安心しました。あれだけ老体に鞭を打って毎日出社していたのに、ぱたりと来なくなり自分で退職の日まではと踏ん張っていたのでしょう。それが張り合いになっていたのではないか?と思うとそれはそれで心配になります。もしかすると死ぬまで現役でいたかったのかもしれないと思うと・・・これで本当に親孝行だったのか?と複雑な気持ちですが・・・

 最近ニュースで某家具屋さんのその後を見ましたが、うちと違って大きな会社だから大変だと思います。今はまだお互い会社を良くする為に必死なので分かり合う余裕がないかもしれませんが、それでも親子というのはいつかきっと分かり合える日が来ると信じています。私達がなれたように。それでもまた何かがあると喧嘩するかもしれません・・・