mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

優しい微笑みの裏側

 真ん中の姉は、昔から外ずらがよく優柔不断です。

誰にでもいい顔をして人から嫌われないように嫌われたら生きていけないと思っているようです。

 いつも笑顔で自分が嫌いな人にでも優しい笑顔を向け、その人に合わせて話をする事ができるのである意味すごい人、特技と言うのでしょうか?

向けられた人は女神に見えるのではないでしょうか?どれだけの人が救われているのでしょうか?

 でもそこに真実があるのでしょうか?と問わずにはいられません。

笑顔を向けた後で、その方がいないところで 

 ”あの人好きじゃない!” とか ”何あの言い方!腹が立つ~” ”何あのちび!” 

とか欺く事を顔をゆがめて言ったり、悪口を言うので驚いてしまいます。

周りから(娘くらいの年下の若い子)は馬鹿にされた言葉を投げられたり、からかわれたりどんどんエスカレートし、自分でも何も言い返せれず本当は心で泣いていたりして愚痴ったりもします。私は見ていていたたまれなくなります。

 ”なぜそんなにまでして人から良く見られたいの? なぜ真の自分を出そうとしないの?

他人の評価ばかりを気にして自分を縛って何が残るの? うそで自分を固めたらだめだよ。もっと強くなろうよ。しっかりしようよ。” 


 と姉に言いますが、自分を変えようとはしません。主人もこのままではいけないと心配して姉に一生懸命大事な事に気づいてもらおうと親身になって言いますが、

 ”私は自分が嫌い。自分に自信がないから人に媚びる事しかできない・・・” と言う・・・


 それでも昔からみんなの受けが良く、親戚からも好かれていますし、会社でもいろんな人から好かれています。私の姑も私がお嫁に来て家を出たいと言った時には、”お姉さんの方が息子の嫁だったらよかったのに。あの子だったらいつまでも文句も言わず出たいなんて言わずずっと同居してくれただろうに。”と言われた事があります。

 また両親も昔から親のいう事をきく良い子で50歳過ぎても良く聞くので姉妹の中でも姉に依存し、また姉も自分の配偶者よりも両親に依存しています。それがまた配偶者にとってはやるせないところだと思います。


  ”自分が幸せではないのに、人を救えますか? 

 自分が幸せであって初めて人を愛する事が出来、救う事ができるんですよ!” と 

 故 知花先生は言われます。


その笑顔に真実はあるのでしょうか?


その上っ面の笑顔や話に真実があるのでしょうか?


うそで固めた上っ面の微笑みや相づちや社交辞令に皆何を求めているのでしょうか?


人は癒されたいだけなのでしょうか?


真の自分も隠して、相手の真の姿も見ようともしないで信頼し合えるでしょうか?


自分はどうしたいか?どうなりたいのか?どう生きたいのか?


人は何を思い人生を歩んでいるのでしょうか?


 田舎から帰って来てからの私はそんな疑問を強く持つようになっていました。

一番上の姉も二番目の姉も”この生”で気づく事は難しいかもしれません。

気づいてくれたらどんなに嬉しいことでしょう。でも二人共私や主人の話には耳を傾けてはくれません。きっと私達にも至らないところがあるからなのだと思います。

せっかく縁あって姉妹として生まれてきたのですから、この先まだチャンスがあるかもしれません。この生で気づいて真実を見極めれるようになり、うわべの世界に捕らわれない姉達になれるように私達が働きかけていきたいと思っています。