mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

煩悩に溺れるというのは

 人はなぜ大事な事を置き去りにしてしまうのでしょうか?それがこの世の盲点なのかもしれません。研ぎ澄まし真(心)の目で物事を見よと神様は言われているのだと思います。
 人には様々な多くの煩悩(108つ)があると言われますが、
 ”その煩悩に溺れて大事なものを見失うな” と言う事なのでしょう。その煩悩に溺れるという事がいかに愚かな結果を招くかと。それでも、溺れて大事なものを失った時こそ
本当は気づけるチャンスなのです。
 神様はどんな時でもチャンスを与えてくれているのですが、それに気づけた人はチャンスを生かすことができます。”現世の死ぬ間際でも気づけばいいのです、気づく事が大切なんです” と知花先生も木村藤子先生も言われています。
 特に ”お金” というものは目を曇らせてしまうようです。
周りでも ”お金” という魔物に憑りつかれている人々を見る事が多々あります。
確かにお金がないと老後や病気になって働けなくなったらという不安がつきまとうのは当然です。でもお金は生きていく上での通行手形のようなもので必要以上に持つ必要はなく、それほど重きを置くものではないように思うのです。
お金がなければないの暮らしを楽しめばいいのですから、我が家はかえってお金がなかった頃の方が家族力を合わせて励まし合ったり、助け合ったり、お金がなくてもいかに楽しく過ごせるかという事を考えるのも楽しいものでした。まるでブータンのように、物が豊かで経済的にも豊かな時よりそちらの方が幸福度は高かったような気がします。


 結婚した頃はクーラーもなく身重の私は大変な暑さの中を扇風機だけで過ごしました。また家を建ててからもクーラーは1階のリビングに一つしかなかった為、子供達は家計が大変なのを知っていたので夏休みは暑さのピーク時に2時間程つけ、なるべく家にいないように毎日学校のプールへ積極的に出向いて涼しんだり、熱帯夜はクーラーがあるリビングで布団を並べて家族揃って一番上の子が中学校に入るまで寝ていました。
 海へ遊びに行った時に私達の後ろを野良犬の子がずっとついてくるので拾ってしまいその子犬に朝5:00頃になると次から次と皆足の指を噛まれて目を覚ますという日々や、
夏休みのロードショーも家族で行けば結構な出費なのでTSUTAYAで¥100でDVDを借りディズ二ーの ”ライオンキング” を見ようとすると主人は ”そんな幼稚なのは見たくない!他の番組見ようよ。”と言ったところで結局子供達に押し切られ見ないと言いながらつい気になり見てしまい、物語が終わった頃には主人だけが泣いていて・・・
皆で大笑いした思い出や、
 旅行も旅館に泊まったりすればかなりの出費なので、近くの海や山へキャンプして格安で旅行した気分になったり。”温泉も行きたいね~”と言えば近くの温泉地の町営のお風呂に入るくらいでしたが子供達はそれでも十分で家より大きなお風呂に感動し、いつもはしゃいでいた思い出や、
 ある日たまたま主人が腰痛で悩んでいた時、隣の県で有名な治療院があると聞いたので主人は休日を利用して一人で行きましたが、思いのほか治療代が高かったので帰りの電車代がなくなってしまったと困って電話をしてきました。仕方がないので私はマイカー(
軽四)で迎えに行くことにしましたが、往復すれば夜になってしまうので子供達も連れていく事にし、学校へ電話をして急いで帰って来るように先生にお願いすると2人共走って帰って来て、玄関に入るなり ”お母さん、今日はどこかへ泊るの?” と叫びました。
いそいそと着替えをしながら ”まさかホテルに泊まるの?やった~やった~”とまだ回答もしていないのにはしゃぐ2人。夕方で道路も混んでいた為、3時間もかかり・・・そこからまた帰るのは・・・もう泊まるしかないというので近くの国民宿舎に電話をすると空いていたので向かう事に。狭い車中では大興奮の子供達に主人は ”安いからな~きっとボロボロの旅館だよ~どうする?幽霊とか出るかもよ~?” と子供達をビビらせます。すると見えてきたのは山間の川のほとりにある本当に古そうな国民宿舎でした。部屋にはトイレもなくトイレに行くたび懐中電灯を持ち兄弟2人一緒に行くという怖がりよう。

私はというと会計が気になり館内案内の冊子を一生懸命見てあまり眠れなかったというそれが家族4人で初めて宿舎に泊まった思い出や、
 倹約の為にゴールデンウイークを利用して家族4人で庭に小さな畑を耕し、野菜の苗を
田舎の叔父からもらい植えました。トマトやキュウリ、トウモロコシ、ピーマン、西瓜を育て子供達は早起きして水をやり、実がなっていると目を輝かせて ”トマトがなっとる~” と感動し、西瓜も大きくなるのを毎日楽しみにし、もう少し置いておけば・・・と言うのも聞かずソフトボール大になった西瓜を兄弟2人で割ってスプーンですくって食べ

”美味しい!”という叫び声は近所中に響き渡っていた思い出など・・・・

 お金がなくても私達は工夫をし楽しい時間を過ごして来れたのはかけがえのない財産だなと思います。今も私達夫婦は自分達の事にはこれと言ってお金を使う事はありません。

常に家族と共に生活するために使っています。

 高価な時計や宝石や車や洋服やバッグ・・・などに心を動かされることはほとんどありません。私は一つ煩悩を断ち切れたと思います。生きるのに必要なものさえあればそれでいいと思っています。私がこの世からいなくなったらそれらも必要ではなくなるのですから。