mimiheartstepのブログ

知花敏彦先生の講和(CD・DVD)でこの世の真実を知ることができた。欠点だらけだった私が少しづつ変われていく。今、悩み苦しんでおられる方へ伝えられたら・・・

亭主関白は真の夫婦になれる?

 ”亭主関白”というのは妻に対する思いやりが欠けたエゴのかたまりのようなご主人の事だと思います。

 他人に対してや外面(そとづら)は大変良いというのが特徴的でそういう方が多いように見受けられます。まさに”内弁慶”。外では”いい人”を演じ、うちに帰れば王様のように妻や子供に命令します。神経質で小心者、自律神経失調症とも言うのでしょうか?自分に自信がないから唯一自分を大きく見せ自己主張できる場所が ”家庭” なのでしょう。

 うちの父親もその一人です。もう高齢ですが、両親共幸せロードを歩いてきたか?というと娘の私にはそうは見えません。もう30年以上前から夫婦の会話もなく大きな家の東と西の部屋で離れて暮らしています。
 父は母の事を ”ルームメイト”と。 そして、”わしはおまえの介護はできんから寝たきりにならんようにしろよ” と言います。父も昔から亭主関白で母を大事にしてきたのだろうか? 亭主関白というのは、妻を一人の人間として尊重しているのだろうか?

まるで家政婦?のように扱っているのではないか?と思ってしまいます。
 父は昔から朝早く会社に出勤していますがわずか4時間程で退社し、お昼には帰って自由な時間を過ごしているのに対し、
 母も朝早くから晩遅くまで仕事をして帰ってきても ”何時間かかっているんだ!” ”飯はまだか?” ”少しは部屋を片付ろ!” ”洗濯物が溜まっとる!” また何か意見をすると ”おまえは黙っとけ、おまえは何もわからないんのだから口を出すな”・・・・・と言われます。

 母が買い物をして重たい荷物を持っていても知らん顔。どこかへ出掛けた時に荷物があっても母がよいしょこいしょと持ってトボトボ歩いていてもその何メートルも前を手ぶらですたすた後ろを気にしてやることもしない。
 何十年もの間、妻を思いやる言葉や行動、感謝の言葉も掛ける事なく、仕事や育児で疲れている妻の為に何かしてあげた事があったのでしょうか?
 もう終わりましたがNHK連続ドラマ ”あさが来た” の主人公あさの旦那様新次郎さんが母は大好きで、”新次郎さんのような旦那様がよかった” とよく言います。そして私にも ”あんたの旦那さんは新次郎さんに似ているな~。あんたは姉妹の中で一番幸せそうだね・・・あんな人と結婚するんじゃなかった。” とつぶやいた事もあります。
 一家の大黒柱が亭主関白で傲慢だった為、母も父との結婚生活があまり幸せではなかったのだろうと思うと一人の女として残念 に思いますが、それも自分が決めた相手だったので受け入れるしかありませんがその中でも幸せと思えるよう努力すれば何か変わったのではないか?と思うのです。相手が変わらなければ自分が変わればよかったのでは?
例えば荷物が重たくて ”なんて気が利かない冷たい人!”と軽蔑し怒るより、
 ”重たいから持ってくれる?” とお願いしたことはあるのでしょうか?
ご飯を食べても何も言ってくれないしと思うより、 
 ”今日のご飯はどう?少し味が薄い?”とか聞いた事があるのでしょうか?

 ”飯はまだか!”と言われたら、

 ”ごめんなさいね。遅くなって。私は仕事が片付くのは遅くなるから、お腹が空いているんなら私に気を使わなくてもどこかで勝手に先に食べてくれていてもいいのよ。今度からそうしてくれる?” などと相手を尊重しながら自分の都合に合わせるようにしてもいいのでは?と思います。

 部屋が散らかっているのなら自分にばかり言わないで少しは自分ですればいいのにと思うより、”私は一人じゃない。家族がいるから部屋が散らかるんだ。この人は何もできないから私を頼っているんだ。” と相手がどうせ言ってもしてくれないと腹を立てるより、してあげられる人がいる事に感謝し、”いつもありがとう” ”いつもお疲れ様” と言う言葉を母は父に掛けていたでしょうか? 私の記憶ではそう言った言葉を掛けていたように思いません。いつも ”あの人は偉そうに命令するばっかりで何もしてくれない!口もききたくない!” と言っていた事しか思い出せません。 父もそう言われていたら変わっていたかもしれません。

 そうは言っても家族の為に父も小さな時からずっと働いてきました。高度成長期に会社が波に乗ったので、収入も多くなりおごる気持ちも出てきましたが、昼で仕事を終えて帰っていても何十年も会社を経営し家族はもちろん社員達の生活も支える事ができました。

母もその事をもっと評価してあげれば父との関係ももっとよかったのではないか?と思うのです。もう人生も残りわずかで人生のほとんどを一緒に歩んできた相手と最後に向き合えないか?と願っています・・・やはり何十年経っても年をとるとわかるようになるだろうとか、悟れるようになるだろうとかというのは大事な事に気づこうとしなければ何も変わらないし、変えられないという事なのでしょう。”なぜ私はしあわせじゃないんだろう?” とか ”なぜあの人は私を大事にしてくれないんだろう? 私のどこかに不足があるのだろうか?” となぜ? と思う事が大事なんだと思うのです。人は自分は正しいと思い込み自分の不足に目を向けようとしない為、相手を攻撃してしまうのです。

相手の欠点が許せず、相手に責任を擦り付けてしまいます。

 ”他を自分と同じように愛しなさい” とキリストも知花先生もマザーテレサも言われています。それを私達は自己愛に走り、他を自分と同じように愛する事、他をいたわる事、他を思いやる事、他に感謝する事を忘れるが故、ぶつかり合いが起きてしまうのです。

一人一人それが出来るようになれば愛に溢れた世界になるのですが・・・